小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
本庄ましろ(公夏)
本庄ましろ(公夏)
novelistID. 5727
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

『花摘人』

INDEX|2ページ/7ページ|

次のページ前のページ
 

(やっぱり、今日も、歌ってら)
天使は、その日も青年を見て、そんな風に思いました。
楽器も持たず、ただ、歌声を響かせる青年。
そこは、いつも天使が仕事をする街でした。
青年はいつも、その街角で歌を歌っていたのです。
天使が、その青年を初めて見た日。
その日も天使は、いつものように多くの花を折り取った後でした。
壊れ物のような花を抱え、空へと向かう、その途中。
天使は、青年に出会いました。
いいえ、正確には、青年に、ではありません。
天使が出会ったのは、青年の歌声でした。
初めて聞いたのは、細く、たどたどしい歌声。
けれどそれは、街の雑踏にどれだけ押されようとも、消されることなく、潰れることなく、確かに響く歌声でした。
その日から、天使は、毎日青年の姿を街角に見つけることになりました。
どんな日にも、青年は、街角で歌を歌っていました。
晴れの日には眩しい光の下で。
雨の日には庇の下で。
時には雪の中でさえも。
いつも、青年は歌を歌い続けていました。
そしていつしか、天使は青年の歌を聞くようになりました。
時には、花を折りにいく前に。
時には、空へ上がる前に。
声一つ。
それしかないのに、青年の歌声は、どこまでも響くような、そんな歌声でした。
初めて聞いたときのようなたどたどしさはもうありません。
その代わりにあるのは、力強さと、歌うことの幸福でした。
そんな青年の歌を聞くのが、天使はとても好きでした。
けれど、いつでも天使は、青年から少し離れた場所で青年の歌を聞いていました。
なぜなら天使は、自分を、花を折り取る為だけの存在だと知っていたからです。
例えば、青年の前に置かれた小瓶に、小銭すら入れることは出来ません。
必死で手を叩いたとしても、青年には聞こえません。
どのような言葉をかけたとしても、その言葉は絶対に青年に届くことはないのです。
だから天使は、いつでも少し離れた場所から、青年の歌を聞いていました。
天使の大好きな、青年の歌声を聞いていました。
そして、その日も天使は、花を折り取った後でした。
しばらく青年の歌を聞いた後、いつものように、空へ上がろうとしたそんな時のことです。
「おい、にーさん。」
聞き覚えのある声が、歌以外の言葉を紡ぎました。
天使は初め、それが自分にかけられた声だと気づくことはありませんでした。
なぜなら、青年にとって、自分は存在しないのだと知っていたからです。
けれど、
「そこの木んとこに立ってる、黒い服のおにーさん。」
青年のそんな声は、真っ直ぐな視線と共に、天使に向けられていました。
それに気づいた時、天使が、どれほど驚いたことか。
「お、れ……?」
「あんた以外に誰が居る。なあ、ちょっとこっち来ないか。」
天使は、戸惑いました。
一体どう答えていいのかすらわかりませんでした。
本来、青年にとって、天使は存在しないはずなのです。
それなのに、その青年にしっかりと目を合わせられ、あまつさえ声をかけられたのですから、天使が驚くのも無理のないことでした。
「別に取って食やしねえよ。……なあ、あんた、俺の歌好きか?」
青年は、天使に向かってそう聞きました。
天使は、酷く迷いました。
迷いましたが、どうにか一つ頷きました。
天使は、本当に、本当に、青年の歌が大好きだったからです。
すると青年は、嬉しそうに笑いました。
「……いつも、有難うな。あんた、ずっとそこで、俺の歌を聞いてくれてるだろう?一回でいいから、ちゃんと礼を言っておきたかったんだ。」
その言葉に、天使は酷く驚きました。
「……アンタ、……知って、たの。俺が、いつも、聞いてる、こと。」
「勿論。毎日見てれば顔は覚える。それにあんた、いつも嬉しそうに聞いてくれてる。……嬉しかったんだよ。いつか礼を言おうと思ってた。」
「……いや、……つーか……。」
自分のことが見えているのか。
いつから自分が聞いていると気づいたのか。
天使には、聞きたいことが山ほどありました。
それでも、それらが言葉にならないくらいには、天使は混乱していたのです。
そんな天使を、青年はもう一度呼びました。
天使は、今度はゆっくりと、青年に近づきました。
一歩ずつ。
一歩ずつ。
そして、長い間遠くから見ていた青年の前に、天使は立っていました。
そんな天使を見て笑うと、青年は、ポケットからカラフルなキャンディの包みをいくつも取り出して、それを天使の手の中に落としました。
「それ、いつも聞いてもらってる、お礼。」
「……あ、ああ……。」
「俺は、奏也。……またここで会えたら、嬉しい。」
奏也、と名乗った青年は、そう言うと、天使に手を振ると、歩き出しました。
残されたのは、何が起きたのかよくわからないままの天使一人と、手の中に残ったカラフルなキャンディたち。
天使は、しばらくの間、呆然とその場に立ち竦んでいました。
仕事を思い出した天使が空へと上がったのは、それから随分と時間が経ってからでした。
作品名:『花摘人』 作家名:本庄ましろ(公夏)