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ゲップ羊と名ピアニスト

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「手続きの準備がありますので、ここでしばらくお待ちください」
 そう言い残し、部屋を出ていった。
 それから1時間が経とうとしている。部屋から出ようと言う目論見は鍵の掛かったドアによって阻まれた。
 先ほどの久保田の話は倒錯した現状に居てもたっても居られなくなった末の行動だ。しかし、そんな話をしてもどうにもならないことは久保田にも分かっている。
 彼らには真に話さなきゃいけない事柄があったのだが、それはどうしても切り出しづらい話題だった。
「ねぇ、久保田君」
 意外にも度胸の据わっていたのは線の細い印象の黒川だった。
「話があるんだ」
「なんだよ、急にあらたまって」
 うわずった声で返事をする久保田。
「僕達さ……、あの時」
 黒川が意を決して話し始めたところで、ドアが開いた。そこに立っていたの二人をここへ導いた背広の男。
 これから自分たちの身に何が起こるのか。不安と恐怖で身を強ばらせた二人にかけられたのは、
「いや〜、お待たせしました〜」
 緊張感を打ち砕く間延びした声だった。
 その声に、緊張の糸を切られたのか、へなへなと椅子に座り込んだんだのは久保田。黒川は訝しげな目を背広の男に向けたまま身を強ばらせたままだ。
「お二人の身元を調べるのにちょっち時間掛かっちゃいまして」
 二人の様子など気にも留めず、背広男はマイペースな声で続け、二人に衝撃を与える言葉を紡いだ。
「久保田さん黒川さん、お二人とも、自殺でしょう?」
「!!!」
「!!!」
 声にならぬ声で驚きを表す、久保田と黒川。
「なんで、それを!?」
 驚きからいち早く抜け出し声を発したのは黒川だ。その言葉を発すると同時に今まで、黒川の脳内で非常事態だからと押し込められてきた疑問が爆発する。
 此処は一体何処か。久保田とともに群馬県の山深い場所で練炭を囲み自殺したはずの自分たちが、なぜ気づけばどことも分からぬ建物に半ば軟禁されているのか。そして目の前に居る背広の男。こいつは一体誰で、なぜ自分たちの素性をなぜ知っているのか。溢れる疑問はとどまるところを知らない。
 とかく得体の知れない状況と存在に、黒川の胸中には敵意がわきあがり、それは久保田にも伝播した。