限り無く夢幻に近く
――ガタン。
電車が停止し、ドアの開いた気配で俺は目を開けた。
歓声にも似た利用客達の息遣い。ホームに響くアナウンス。次々と降りていく人波を眺め、次いで窓の外の表札を見て、慌てて立ち上がった。
ドアの閉まるギリギリのところで飛び出す。間一髪で脱出すると、電車は次の駅に向けて加速していった。
腕時計の時刻は17:04。
ふうっと息を洩らす。危ない、あぶない。自分の気付かないうちに眠りに落ちていた事実に驚嘆する。俺はまだ呆とする頭を振り、緩慢な仕草でホームを立ち去る。ギターケースが重く感じるのは疲労の所為だろうか。
定期を重ねればやっと開放される。正面口のドアの外はどうやら降っているらしい。自動改札を抜けたところで、耳慣れた声が聞こえた。
「彰人」
目を凝らせば見慣れた人影が手を振っている。少し小柄な隣人が笑顔を浮かべ、俺が追いついてくるのを待っている。
「おかえりなさい。今帰り? 何だか眠そうね」
暑さに耐えかねたのか、普段は下ろしている長い後髪が今はひとつに結わえられている。それが揺れるのをぼんやり目で追いながら。
「……束沙?」
名前を呼んでから、何か違和感を覚えた。さっきもこうして名前を呼んだような。それから、沢山名前を呼ばれたような気がする。けれど……何かが違う。じっと顔を見詰めているうちに、それは霧の奥深くに紛れてしまったけれど。
「どうかした?」
彼女は不思議そうに首を傾げた。黒くてさらさらした髪が、その仕草で肩から滑り落ちる。
「いや……別に。ああそうだ、カサ持ってるか?」
彼女のカサに入れてもらって、揃って小雨に落ち着いた帰り道を歩いていく。
束沙と俺は幼馴染みだ。小中高を共にして、大学は別々になったけれど、今だってこうして顔を合わせることは少なくない。家が隣ということもあって、俺達はいつも一緒だった。
いや、ちょっと違うな。いつも一緒だったのは中学までだ。高校に入って、俺はひとつのものに打ち込むようになったから。
並んで歩くと、カサの合間から少女がじっと横顔を見上げてくる。なんだよ、問えば、うーん、と微苦笑を寄越した。
「なんだかとっても寝ぼけた顔してる」
「そうか? 夢でも見てたんじゃないか?」
「なにそれ。まるでひとごとね」
彼女がおかしそうに笑った。つられるようにして俺も笑う。今は何故だか凄く心が落ち着いている。
「自分でもそう思うよ」
素直に白状すれば、ちょっと意外そうに頷き返される。構わずに独白にも似た言葉を続ける。
「悩むのが嫌だったんだ。楽な方楽な方に逃げて……でも、もうやめた」
「もう、悩まないの?」
「違う」
小さく挟まれた問いにゆっくり首を振る。それきり口を閉ざした。首をかしげる束沙を見て、俺はひとり微笑んだ。
「そうだ。こないだのライブ聴いたよ」
「どうだった?」
「んー。まだまだだねぇ。練習あるのみ」
「流石、厳しいなぁ」