限り無く夢幻に近く
一瞬、全ての音と色と姿が、消えた。
目を開けていられないほどの眩しさがすべてを塗り潰す。次に広がったのは闇。
トンネルの中で、彼が背を向けたのが感じ取れた。室内灯は点かないまま、遠ざかる気配がする。
「お前はどうするんだよ」
知りつつも尋ねずにはいられない。現実に出られるのが誰なのかは、二十年も前から決まっていた。
繋いでいた手を離して。俺はいつの間にか此処に居た。生きていたのだ。
「僕は行けない。ここでお別れだ」
決心したとおりの返答が耳に届いた。頷く代わりに手探りでその指を取る。はっと停止する腕、それから握り返される掌。温かさは何も変わらない。この温かさを二度と忘れたくないと思った。
「さよならだね、アキト。ううん、ツカサ」
ごめんね、と彼が首を振る。謝りたいのは俺のほうだ。きっとお前は、それを否定るすのだろうけれど。
また警笛が響く。カチカチと時は刻まれる。闇が反響していた。彼は呟く。
「僕は残念ながら生まれることは出来なかったけど、それでもこうして、少しでも君と一緒に過ごすことができて嬉しかった」
六歳の誕生日を忘れたことはなかった。俺には兄弟が居たことを教わった、はっきりと思い出すことの出来たあの日。その年から中学に上がるまで、ケーキには二人の名前が並んだ。
「俺もだ。すごく楽しかった。『 』」
息を呑んだように指先が小さく震える。
「呼んでくれるんだね、アキト」
闇に慣れた目に、やっと彼の顔が映る。泣いているようにも笑っているようにも見えた。俺は何度も頷く。
知ってるよ。忘れない。
だって、俺が唯一、お前と同じ時間を生きられた人間だから。
「また、どこかで」
鮮明な声。この声も幻だと知りつつ、俺は覚えていようと決意する。頷き返す。彼は再び口を開いた。それを遮って、叫ぶ。
「いつまでもお前は、俺の大切な―――」
そして、そのまま真っ暗になる。
電車の走る音が、じりじりと耳に戻ってきた。
ガタゴト、ガタゴト。
ゆっくりと、世界の進む気配がスローダウンした。ふわりと浮かぶような感覚と、重力の方向が切り替わる雰囲気。騒音が次第に低く小さくなっていく。
そして。