限り無く夢幻に近く
夢現
ひとりで項垂れていても何ひとつ変化はない。
このまま俺はひとり、世界の果てを目指すのだろう。後悔よりも諦め、そして次第に悲哀が色濃くなっていく。
絶望に苛まれているかと思えばそうでもない。呼吸も心拍も安定していて、先刻の動揺が嘘だったかのように、自分でも驚くほど落ち着いている。
「分かってるよ」
知っているからだ。理解している。この電車を降りることは不可能ではないと。
降りれるかどうかは重要じゃない。降りるかどうか、なんだ。降りる気が、あるか否か。それを察知しながら『そう』しなかった理由は、この事態に陥っても変化しなかった。
いや、余計に拗れたと言ってもいい。
わだかまるのはひとつ。
――俺は、降りるべきなのだろうか。
それともあいつを探しに行くか。例えば降りることが出来るとして、俺は一人で降りていいのだろうか。それは彼を裏切ることにはならないか。
彼は降りることが出来たのか。それが俺を置き去りにしたのだっていい。ここを脱出することが出来たのか。もし、そうでないのなら。
また俺は、ひとり、彼を置いて行くのか。
それは、俺の意思ではなかったのに。
ひとりで。
「……ひとりで?」
顔を上げる。揺れる黄昏は今も俺を多い尽くしている。
硝子に映る自分は、ひとり。
「――ああ。そうか」
ふいに心の表面に落ちる真意があった。俺が降りたくなかった理由。それが見つかった気がした。
そうか。俺は強く、拳を握る。
それは。それはきっと、彼自身にある。『アキト』という存在に。
アキトがここに居たから。あいつが一緒だったから。だから俺は運転席を消し去り、だから彼は俺の前から消えた。そうして、あいつが消えたから、俺は全てを投げ出そうとしていた。
固執している。執着と言ってもいい。その思いがどうしようもなく屈折していることに気付く。思わず自嘲がこみ上げる。
「そうだ、俺は、いつも逃げてた」
独り善がりだ。エゴでしかない。自分に立ち尽くすしか術がなくなるように、外に言い訳を求めていた。他人を理由を取り繕って、最善を尽くす振りをする。今回もだ。
アキトの本心なんて分からないのに、アキトのせいにして旅を続けた。あいつが一緒だから、ここにいてもいい。あいつが一緒だから、降りる必要がない。
きっと幻滅させた。最悪だ。
じわり、目頭に懐かしい熱さを感じる。ああ、そういえば小さい頃は泣き虫だった。あれは心細かったのかもしれないし、後ろめたかったのかもしれない。泣かなくなったのはいつからだろう。
俺はもう自分の意思で歩かなくちゃいけないんだ。そのために、あいつに許してもらうことを欲している。それすら欺瞞だというのに。
――歩こう。一人で。ちゃんと、前へと。
そうだろう?アキト。
ふっと生温いものが頬を伝う。瞬間を同じくして、窓外に光が瞬いた。