限り無く夢幻に近く
誰も居なくなった先頭車両に、たったひとり座っている。
空っぽの運転席、黄昏に包まれる電車。クッションの貼られた座席に腰を下ろし、流れていく景色にも目をやらないまま、ぼんやりと足許に視線を投げた。
感情が反響する。どうして、という思いが、耳鳴りのように響いていた。
今まであいつだけは――アキトだけは消えないで一緒にいてくれたのに。今度こそ、ずっと一緒だと思ったのに。どうして急に、俺だけを残して。
呆れられたのかもしれない。見限られたのかもしれなかった。彼の残した言葉が木霊する。そしてそれ以上に、浅はかな自分の存在が頭の中をかき回していた。
誰もいないこの空間が、燃え尽きる寸前の黄昏が。不安定に揺れる足元が、はじめて心細く思えた。
ガタゴト。
僕はここに立ち尽くしているというのに、 風景だけが、ひとり後ろに流れて行く。 置き去りにされているのはどっちだろう。ガンガンと音が鳴るほどに内側から叩く何かがある。
逃げてるだけじゃないか。
今逃げても逃げ切れた訳じゃない。いつか逃げたことに対する見返りが帰ってくる。
見返りは、後悔か。
甘えや、驕り。欺瞞。
無難な道を進めれば良いだろうと、思い違えた過去の日。
アキトが消えてしまったのは哀しい。あいつを疑ってしまったこと、裏切られたと感じた打たれ弱い心があったのも否定は出来ない。だけど今は、独りになったことへの猜疑すら抱いていない。
そう、少しは過ぎったのだ。
どうして、と。
今まで、あいつだけは消えないで一緒にいてくれたのに、と。
けれど、思い起こせば俺は一人だった。生まれた瞬間に独りになったように、自分の両足でのろのろと前に進んできたのだ。
時折諦めかけて、時折そろそろと逃げながら。
分からない。俺は一人呟いた。結局運転手もいなかったし、依然として列車は走り続けている。窓の外も田園の黄昏のままだ。こころなし、前より曇った黄昏が。
ふいに立ち上がり、正面の硝子に手を突く。
だとしたら、これが見返りなのだろうか。先延ばしにしてきたものが、いっぺんに押しかけてきて破裂する。頼りにしていたものさえも目の前から消えてしまって。
いや、今回だけじゃない。いつだって僕は逃げていたんだ。おそらく、気づかない部分で取り落としてきたものが沢山ある。
何もしなかったことで、何も残らなかったことが。きっと、沢山。
だけど。
今更気づいたって、もう、遅い。
だってもう、全てなくなってしまったから。
自分だけが、この場所から動けないでいた。