限り無く夢幻に近く
来た時と順番は逆様だ。俺が前でアキトが後。言葉の津波に体力を奪われて、俺達は口数も無いまま車両の間を歩いた。
振り返れなかったのは自分の所為だ。声をかけられなかったのも、丁寧に謝れなかったのも弱さの所為。幼い頃から解消されない悪い癖だ。時間があれば解決出来ると、勝手に線引いてしまう。ないものは利用出来ないとも気付かないまま。
次の扉をくぐる瞬間、やっとアキトの声がした。
「僕の知ってる君は、そんな奴じゃないよ」
それは俺に言っていながら、まるで独り言のような響き。
「そんな奴じゃないって、信じてる」
返事は出来なくて。聞こえないふりしか、思いつかなくて。またわざと明るい声を繰り返す。待ちきれない想いを滲ませ、新たな探検に夢を馳せられるように。
「それよりさ、どうする? 夏祭りの車両に戻ろうか。それとも、星を拾う? 桜の部屋も凄かったな。なぁアキト」
しかし彼は返事をくれない。
「……アキト?」
背筋を嫌な汗が逃げる。ざわざわと胸騒ぎに振り返れば、そこに彼はいなかった。
窓はどれひとつ開いておらず、扉も前後にひとつだけ。なのに。
なのに、アキトの姿が見えない。
「おい、冗談だろ」
まさかとは思いながら、潜ったばかりの扉の向こうを覗き込む。
黄昏を走る永い永い列車だ。何の代わりばえもしない、うつろな車両がガタゴト言っているだけだった。
「アキト?」
震える声でその名を呼ぶ。返事を期待しながら。悪戯に隠れているだけだと信じたくて。
(そうやってまた君は、悩むことすら投げ出すんだね)
「あきと……」
無機質な四角い空間の中に、頼りない俺の声だけが響いた。
タタン。タタン。
座席の影にも扉の影にも、人が身体を潜ませられるような隙間はない。
手のぬくもりはもうない。
ガタン、ゴトン。
ついに俺は、ひとりになってしまった。