限り無く夢幻に近く
ガタゴト。
いつものアキトの声。
抑揚のない声が、俺には冷たく思えた。
振り返る。真摯な眼差しが俺を迎えた。真っ直ぐなその視線はまるでナイフのようだった。心臓の上に刃物を突きつけられた状態で、俺は言葉を濁すしか出来なかった。
「アキトは降りたいのか?」
聞いてから、馬鹿な質問だと思った。当たり前だという常套句が返ってくるだろうと後悔を浮かべる。しかし予想とは違った言葉が耳に届く。
「君はいつもそうだね」
彼は大きく溜め息を吐いた。怒っているというよりは、呆れているといったほうが正しそうだった。諦めにも似た、斑色に曇った感情。
「面倒臭くなったら逃げる。苦労という言葉を知らない子供のように。努力の先にある喜びもよく分かっていない」
普段と違う彼の様子に、俺は意味もなく怯える。
いや、意味はあったのだろう。あるからこそ、不安と恐怖に嘖まれる。
「逃げて何が悪いんだ?」
震える声で必死に言葉を紡いだ。言い訳という種類の言葉を、脳の中を駆けずり回って集める。
「ああそうだ、逃げてるよ、俺は。苦しいのは嫌だからな」
喉が痛む、声が掠れる。それと一緒に視界が滲む。まるで泣いているかのようだ。
「今逃げても逃げ切れたわけじゃない。いつか逃げたことに対する見返りが帰ってくる。後悔はしないの? メンバーから抜けようか、迷ってるって」
どうして。
どうして彼がそれを知っている?
それがどうしようもなく怖かった。
「お前には関係ない」
そうかもね、彼は無表情のまま嘯く。俺はその瞳が怖くて目を逸らした。
「いいんだ。最初から才能なんてなかった。部活の延長で楽しくやってれば良かったんだ。俺自身がよく分かってる」
「夢が叶わないのが怖い。それとも、未来がないのが怖い? 君にはその程度の存在だったんだね」
堪えきれず目を反らした。やめてくれ。ききたくない。もう、その話は知らない。
俺だって、望んであの場所に居るんじゃない。望んでこの場所に立っているんじゃない。
こんな、中途半端な場所に。
「やめるのは簡単だ。努力するよりずっとね。別のものに手を出して、飽きたらまた適当に放り出せば良い。その代わり、達成感も本当の喜びもない。本当は選べるのに、喜びを知らない訳じゃないのに。――それとも、僕に同情した?」
「そんなんじゃない」
浮かんだ微笑が苦く変わる。哀しげに見えたのはどうしてか。
必死になって彼の言葉を否定する。ここでは誰も俺を責めない、そう思っていたのに。
「そんなもの望んじゃいない。いなかった」
はっきりと鼻先に事実を突きつけてくる。なのにどうしてか俺は『そのこと』について深く思い巡らすことが出来なくて、断言しなければならない言葉も何故か濁すしかなかった。
どうして、お前までそんなことを言う?
何故今になって蒸し返すんだ。
アキトは、アキトだけは。いつだって俺の味方だと思っていたのに。