限り無く夢幻に近く
誰もいない。無人どころかハンドルもブレーキも、運転手が座る椅子すらない。ただガラスに囲まれた無意味な箱だった。電車を止めることは、どうやら出来そうになかった。
「どうして、こんな……」
アキトが溢す。ありえないと言外で嘆息していた。思わぬ事態に彼は愕然とし、一方で俺はこっそり息を吐いた。
そうか――そうか。
「せっかくここまで来たのに、またふりだしか? やっぱり、無理なんだな」
その声が心なし弾んでいるのが自分でも分かった。必死に押さえつけても押し殺せない、身勝手な喜び。
「これじゃ仕方ないな。とりあえず――戻るか」
目を合わすことが出来なくて、俺はさっさと踵を返した。
アキトも、黙って後ろをついてきた。さっき入ってきたばかりのドアへと戻る。戸を開けるのも俺の仕事だ。今度はフックが逆向きなので、立ち止まる必要もなく左手で戸を引き開ける。
鉄の板をくぐっても黄昏の風景は変わらない。煽られる稲穂も僅かに輝き始める明星も、その場所を動くことはない。
「ねぇ、もしかしてツカサ」
扉を出た所で、やっと彼が口を開いた。
呼ばれただけなのに思わず足をとめてしまう。きっと負い目があるからだ。強張って、上手く返事をすることも出来なかった。
「もう降りれなくてもいいかな、とか考えた?」