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限り無く夢幻に近く

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 タタン、タタン。
 枕木を踏んで、鉄の列車は田園を進む。
 ガタン、ゴトン。
 ノイズに紛れて流れ、流れゆく景色。変化の乏しい視界は人生そのもの。本当の行き先など辿り着いてみなければ分からない。
 俺達は向かい合っている。不安に揺れる線路の上、必死になって踏みしめる。

 何言ってるの、と、アキトは笑った。けれど冗談を笑い飛ばす表情ではなくて、勿論聞き流す視線でもなく。

 まるで、まるで。
 ずっと貫いていた悪戯の嘘を、やっと白状するかのような。

「僕は――」



 大きく、車両が右に傾いた。カーブに差し掛かったらしい。不意をつかれた形になって、俺はよろめいてしまう。その右腕を支える左手。左手の、あたたかさ。

 あたたかい、ぬくもり。
 それはどうしてか、どうしてか、とても、懐かしい。
 顔を上げる。心配そうに俺の顔を覗き込む相手。
 これは……、この感覚は……


「僕の話は、別にいいんだよ、ツカサ」

 染めているでもない赤茶けた髪。悪戯めいた人懐こい笑み。まるで聞き分けの悪い兄弟に言い聞かせるような優しさ。
 支えてくれた手が離れる。その手でがたり、次のドアを開けた。

「さぁ」

 促されるままに扉を潜る。
 オレンジ色の果てに長く伸びる線路が見えた。
 先頭車両に辿り着いたんだ。

 ガラリ。勢いよく戸を横に引くと、向こうに運転席が見えた。

「やっと一番前だ」

 ツカサの安堵の息が聞こえた。けれどそれはたちまち俺の心の奥深くに沈んで、重くなった。


 どくどくと、胸が疼く。
 もしあそこに運転手がいるのなら。電車を止めることが出来るなら、電車を降りなければいけないだろう。
 あそこに、あの場所に、帰らなくてはいけなくなる。だから不安が募った。

 俺は列車の中で初めて祈った。どうか少しでも猶予がありますように。どうか少しでも、この世界が保たれますように。


 けれど、いや、だからこそ。
 二人で覗き込んだ運転席は空っぽだった。
作品名:限り無く夢幻に近く 作家名:篠宮あさと