限り無く夢幻に近く
「いいな、オマツリって。また来たくなる」
夏の車両を越えてから、思わず呟いた。
「本当は誘いたい奴がいるんだけど、ここには居ないからなぁ。行きたかったな。一緒に」
「ここを降りたら行けばいいじゃない」
もっともな意見に、俺は首を横に振る。
「どうだろ。昔よりは疎遠だからなぁ」
半ば諦めぎみに言うと、アキトの呆れた声が返ってきた。
「ここで出来ないことが、向こうで出来ると思う?」
「どういうことだよ?」
足は前に進めながら尋ね返す。首だけこちらを向いた彼と目が合う。
「夢も現実も、意のままに出来るのが普通ってこと。諦めないでよ、ね。それと……」
突然立ち止まって、くるりと俺のほうを振り返った。そしてニヤリ、笑う。
その横顔は。
その横顔は、今はどうしてかとても遠く感じて。
「永遠なんてなくとも、それに近いものはあるかもしれないって、キミは言ったね。もしあるとしたら、これだよ」
ふいに両手を広げた。何かを掬い上げる仕草。しかし、辺りには何もない。彼の言うところが理解できなくて。ひとり頭をひねる。
「夢と現実。果てなくて、深くて、限りないもの。自分の意志ひとつでどこまでも広がるもの」
いつもの人懐こい笑みが教えてくれたもの。その目には一寸の迷いもなかった。
そうか。彼はとっくに知っていたんだ。そして同時に、彼の手の中には『永遠』が握られている。
「どこまでも、ひろがるもの……」
俺は思わず、その言葉を復唱した。
そうだよ、と彼は笑う。
そして羨望する。
彼のように強くいられたら。前を見つめる強さがあったなら。まっすぐ歩けたらどんなにいいか。
口にすることが出来たのなら。確信できるのならば、どれだけ楽になるか。
そっと手のひらを広げる。
当たり前だけど、俺の手にはまだない。
歩く目的を少しずつ忘れ始めた頃、俺の心も次第に変化し始めていた。
簡単に言葉にすると、別に降りられないならそれでもいいかな、なんて思いだした。
だって、ここの方がずっと楽しいだろう。そりゃ、妙なことばかりで驚くこともあるけど、何もない毎日よりはずっといい。
刺激的。ユーモラス。しがらみも壁も圧力もない。将来の心配もしなくていい。なにも、俺を縛るものはない。
素晴らしい世界じゃないか。向こうの生活と別れるのは心残りだけど、仕方ない。それを犠牲にしても意義が残るくらい、この世界は魅力的だった。
それに、ひとりじゃない。
アキトが近くにいるから、淋しくもない。
あとはどうにかなる。そうだ。そうじゃないと困る。
追い詰められて、追い詰められて。いつも取る手段は一つ。
悩むのはもう、疲れた。