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せき あゆみ
せき あゆみ
novelistID. 105
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空のかけら

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と叫んで、ぼくは飛び退いた。だって、石が風船みたいにふくらんで大きくなったから。
 ぼくらは部屋から逃げだそうとしたけど、たちまちそれは空気のようになってぼくらを包み込んできた。
「なに? これ。気持ち悪い」
 麻衣はぼくの背中にしがみついた。でも、ぼくだって足ががくがく震えている。
 さっき麻衣が言ったように、やっぱりブラックホールなのかな? なんてのんきに考えている場合じゃない。とうとう部屋中が真っ暗になった。
「いやあ、だしてぇ」
 麻衣は悲痛な叫び声をあげた。普段強がっていたって、やっぱり女の子なんだな。
 ああ、でも、どうしよう。ぼくだってほんとうは泣きたいよ。
 手探りでドアをさがそうとしていたら、また声がした。
「つながったようだね。今から行くよ」
 子どもの声だ。そうしたら少しほっとして気持ちが落ち着いてきたので、ぼくは思いきって聞いてみた。
「君は誰?」
 すると声は言った。
「会えばわかるよ」
 でも、麻衣がぼくの上着の裾を引っ張りながら震えた声で言った。
「だ、だめよ。きっと宇宙人だわ。殺される」
 麻衣はとんでもないことを考える。ホラー映画の見過ぎ。第一そんなこと言われるとぼくだって怖くなるじゃないか。
 それに、こんな真っ暗なところにいつまでも閉じこめられているわけにもいかない。
「ねえ。ぼくらになにもしないって約束して」
「なにもしやしないよ」
 声はくすっと笑ったように答えた。
 それから暗闇に人影がぼうっと浮かんでくると、あたりは灰色のトンネルのようになった。

 向こう側から現れた銀色の服を着た子ども……それは、ぼく?
 いや。ぼくにうり二つの宇宙人?だった。
「あ、あ、あわわ」
 あんまりびっくりしたから、ぼくは声にならない声で叫んだ。
「まもるくんが二人……?」
 麻衣はというと、腰が抜けたみたいでぺたんと座り込んじゃった。
 ぼくそっくりのその子は言った。
「驚かしてごめんね。ぼくもマモルって言うんだ。驚いたよ。まさか、こんなにそっくりだなんて……」
 なんて返事をしたらいいのかわからないまま、ぼくはごくんとつばを飲み込んだ。
「これは時空の壁をつなげて作った空間なんだ」
「ど、どうして? なんのために?」
 ぼくはやっと声をだしたけど、かなりうわずっている。
「君にお願いがあって……」
「マ、マジ? ぼくはただの小学生だよ」
「わかってる。ぼくたちの世界で、生き残っている元気な者の中から波長の合う人間をさがしたんだ。コンピューターでね。時代とか、人種とか血縁関係とか、いろんな条件から計算して選ばれたのがきみとぼく」
「え、選んでなんかほしくなかったな」
 ぼくは、ぼそぼそとひとりごとを言った。めんどくさいことには巻き込まれたくない。
「なんのお願いか知らないけど、絶対人選ミスだわ」
 こわがってぼくにしがみついているくせに、こんな時でも麻衣は口が悪い。ふん。腰を抜かしているくせに。
「これを見て」
 と、マモルは頭の上に手をかざした。
 するとあたりの景色ががらりと変わった。それはスクリーンみたいにある景色を映し出していた。
 白っぽいつるんとした部屋にたくさんのかわった形のベッドが並んでいる。
 そうだ。SF映画によく出てくるカプセルみたいな形のベッドで、顔色の悪い人たちがそこに寝ていたり、力なく座っていた。
「これ、病院?」
 ぼくは近づいてしげしげと眺めた。みんな病気みたいだ。
「うん。この人たちはもう、あとわずかしか生きられないんだ。医学は発達したはずなのに、次から次へと新しい病気が発生する。この人たちはきれいな空気と太陽の光さえあれば治るんだ」
「だったら地上に出ればいいじゃん」
 ぼくは何気なく軽い気持ちで言った。でも、それはすごく無神経で、ひどく無責任なことばだったんだ。
 マモルはちょっと眉をひそめて手をかざした。するとまたちがう景色が映し出された。
「きゃあ、いやあ」
 その奇妙な光景に麻衣は泣き出した。
 ぼくだってぞっとして、立っているのがやっとだった。だって、ものすごく大きなムカデが重なり合ってうごめいているんだから。
 まわりは空なんだか地面なんだかよくわからない。赤い光がピカッピカッと、稲妻が光るように走り、そのたびに黒々としたムカデの背中が不気味に光る。
「もういいよ。気持ち悪い」
 ほんとうに気分が悪くなりそうなので、ぼくが顔をしかめると、マモルはまたさっと手を挙げ、もとの灰色の空間に戻した。
 ぼくがほっとしたのがわかったのか、ぼくの背中に顔をくっつけて泣いていた麻衣もどうにか泣きやんで、しゃくり上げながらマモルにくってかかった。
「いやだわ。なに? なんなのここは!」
 マモルは悲しそうな目をして、
「今のは地上だよ。とても人間の住めるところじゃないだろ? 暗い空からはこんな黒い固まりが降ってくるし……」
と、ぼくが拾ったのと同じ黒い石を出して見せた。
「あ、それ。隕石じゃないの?」
「うん。ぼくの住む世界からきみに会うために送った……空のかけら。これはもともと空気だから、特殊な電磁波を使って君たちの世界とつなげたんだ」
「ソラ? ソラって、あの空?」
 ぼくが天井を指さすと、マモルはうなずいた。
「うそだろ? 空って青いんじゃ……」
 ぼくは愕然としてつぶやいた。すると、
「ぼくは青い空を知らないんだ!」
 マモルは小さく叫んだ。目を潤ませて。
「ぼくは映像でしか空を見たことがないんだ。空だけじゃない。花も草も、雨が降るのも……」

 マモルの住む世界は汚染が進みすぎて、なにもかも化学反応で異常な物質にかわってしまうと言うんだ。
 土は赤く灰のようにぱさぱさで、水は黒くてねばねばしてる。その上空からは石が降ってくる。
「だから、人間は地下シェルターの中で、コンピューターに頼って生きているんだ。それももう限界にきてる」
 マモルはこぶしを握りしめている。そのこぶしが小刻みにふるえていた。
 なんだかすごく大変なところに住んでいるんだなって同情したけど、どこかよその星のことだと思いこんでいたぼくは、マモルに言ったんだ。
「ぼくはまだ五年生だよ。むずかしいことはわかんない。第一、そこはどこ? なんて言う星?」
 マモルはちょっとびっくりした顔をしてぼくを見つめた。それからすごくつらそうに笑ってため息をついた。
「そう思うのも無理ないか……。でも、残念ながら、ここは地球だよ。君たちの時代から二百年後の……」
「ええ!」
 あんまり驚いたので、ぼくの頭の中は真っ白になった。たぶん麻衣も……。
「君の時代ならまだ間に合う……」
 マモルのほおを一筋の涙がつたって、きらっと光ったと思ったら、気が遠くなっていった。
 耳の奥で切なそうな声がひびいた。
「まもる。ぼくも太陽の下で思いっきり遊びたい……」

 気がついたら、ぼくらは部屋の真ん中に立っていた。
 麻衣は目を真っ赤にして泣いている。
 黒い石は、床に転がったまま、西に傾いた太陽の光があたってきらきら光っていた。
 ぼくらはしばらくの間、ぼうっと石をながめていたけど、なんだかさっきまでとようすがちがう。ぼくがいぶかしんでいると、麻衣の方が先に言い出した。
作品名:空のかけら 作家名:せき あゆみ