空のかけら
「あ〜あ、めんどくさい。明日はさぼっちゃおうかな」
校門を出ると、ぼくはつい、大声を出した。
「まもる。そんなこと言って、誰かに聞かれたらどうするんだよ」
ようちゃんがきょろきょろあたりを見回して言った。
「かまうもんか。あー、かったるい!」
実は明日総合学習で竹炭を作るんだ。
担任の渡辺先生ったら、環境問題にやたら熱心で、五年生の一学期からぼくらはずっと町の環境を調べてきたんだ。ゴミ問題とか化学物質のこととか、いろいろ……。
特に身近な問題だといって、町中の川の汚れを調べたり、川を浄化して成果を上げたっていう町まで見学に行ったりしてさ。
そして三学期の今回は、しめくくりに竹炭を焼いて、一番汚れている川に沈めようっていうんだ。
おかげで明日日直のぼくは、いつもより早く登校して先生の手伝いをしなきゃならない。まったくいい迷惑だよ。
だいたい地球がピンチだなんて世間では言ってるけど、ぼくにはあんまりピンとこないんだ。だってこの町はまだけっこう自然があって、海も空もわりときれいなんだもん。
だから総合授業の時に、ぼくはふざけてばかりで先生にいつも叱られていた。
化学物質のことを教わった時は、その名前を早口ことばにして遊んじゃったし。
『ダイオキシン・トリクロロエチレン・トリハロメタン』なんてね。
それから川を調べに行った時も、女子はまじめにやってたけどぼくと何人かの仲間は石投げをしていたし。
それで先生にすごく叱られて、罰として居残りさせられて漢字を千字書かされた。だけど、そういうのを親は体罰なんて言わないんだよね。
もちろん悪いのはぼくだけど、もし、その罰が漢字じゃなくてバケツを持って廊下に立たされたり、グランド十周なんて走らされたら体罰なんて騒ぐくせにさ。
でも、それだってぼくは途中でやめて家に逃げて帰っちゃった。
たぶんそのせいだと思うんだ。今日、炭を焼くかまどを作るための穴掘りを手伝わされたのは。
スコップなんて初めて持ったから、先生にへっぴり腰なんて笑われちゃった。
それから太い竹も割った。丸いままだと竹は節があるから火の中で破裂しちゃうんだって。そうするといい炭ができないそうだ。
力仕事をしたおかげでどっと疲れた。でも、まあ、穴掘りも竹割りも、漢字を書くよりずっと楽しかったけどね。
それにしても、憎たらしいのは麻衣のヤツ。ぼくがちょっと手を抜くと先生に言いつけるんだ。まるでクラスの女王様を気取ったような生意気な顔を思い出したらむかついてきた。ぼくは腹立ちまぎれにいろいろ悪態をついた。
「麻衣なんか先生に乗せられちゃって張り切っちゃってさ。バカみたいだね。地球を守ろうなんて、正義の味方ぶってさ。ヒーロー漫画じゃないっての!」
「ま、まもるぅ。そ、そんな大きな声で、やめろよ。聞こえるって」
ようちゃんはやけにびくびくしてる。
「大丈夫だって。あいつ、いいかっこしてまだ先生の手伝いしてたじゃん」
「で、でも。もう、終わった頃だよ」
と、ようちゃんはまたきょろきょろした。そんなに麻衣が怖いのかね。
「平気だって。ほら、いつもは土いじりなんか汚れるからいやだなんて言ってたくせに、スコップなんか持っちゃってさ。ほんと。ええかっこしいだよな」
調子に乗ってぼくは言いたい放題だ。ところが。
「聞こえたわよ! まもるくん!」
後ろからすごい剣幕の声がした。麻衣だ。
(やばい……)
と思いながら、そおっと振り返ると、麻衣が眉をつり上げてぼくをにらんでいる。
顔はまあまあかわいいけど、気が強くて口げんかでは誰も勝てないんだ。それに正論で攻めてくるから太刀打ちできない。特に男子はみんなこいつが苦手だった。
「ま、まもる。じゃあね。ぼくは急ぐから」
「あ、ちょ、ちょっと。ようちゃん!」
ようちゃんは麻衣から逃げるように、そそくさと行っちゃった。薄情者……。
「まもるくん! 何とか言ったらどう?」
ぼくの前に麻衣は仁王立ちで立ちふさがっている。ぼくは別の道から帰ろうと、今きた道を引き返した。すると麻衣はぼくのそばに寄ってきて説教し始めた。
「まもるくんも他の男子もいいかげんよ! 見たでしょ。川がどれだけ汚れてたか」
わかってるさ。生活排水だろ!
たしかに町を流れている三つの川を調べたとき、どれもがひどく汚れていた。そのうち特にひどかった中川はすごい匂いがして、川底にはヘドロがたまっていた。それは認めるよ。
でもぼくらが竹炭を入れたからってどれほどの効果があるってんだ?
そんなの焼け石に水っていうんじゃないか?
のれんに腕押しだっけ?
それとも糠に釘?
ええい。なんでもいいや!
ぼくが無視したままでいると、麻衣はムキになって追いかけてきた。
「渡辺先生の言うことは正しいわ! このままじゃほんとうに地球はだめになっちゃうのよ。ねえ、わかってる?」
麻衣が腕をつかんできたので、ぼくはそれを振り払った。
「ほっとけよ。ついてくるな!」
「おあいにくさま。同じ方向でしょ」
そうなんだ。ぼくらの家はとなりどうし。しかも両親とも親友同士で、将来ぼくらを結婚させようなんて話してる。そんなことになったら地球より先にぼくの身が破滅する。
麻衣はえらそうにねえさんぶって言った。
「とにかく、明日七時に迎えにいくわ」
「もう! うるさいな!」
ぼくはどなった。その時だ。
ひゅっとぼくらを顔をかすめて何かが落ちてきた。ガツンと鈍い音がしたので、見るとアスファルトにぼくのこぶし大の黒い石がめり込んでいる。
ぼくも麻衣も一瞬ひやっとした。こんなのが頭にぶつかったら死んじゃうよ。
「びっくりした。なにこれ?」
「わあ、すごいや。隕石だ。明日みんなに見せびらかしちゃおっと」
ぼくはそれを拾い上げた。まいはけげんな顔をしてぼくの手の中の石をのぞき込んだ。
「大丈夫なの? まもるくん。素手で持ったりして」
「うるさいってば!」
ぼくが二階の自分の部屋で持ち帰った隕石を見ていると、麻衣が窓越しに声をかけてきた。
「ねえ、それって本当に隕石?」
「そりゃあ、そうさ。空から落ちてきたんだから」
「もう一回見せて」
麻衣は屋根を伝ってぼくの部屋に入ってきた。おてんばなヤツ。
「おまえなあ、ちゃんと玄関から入って来いよ」
「いいじゃん。昔からこうしてきたんだし」
よく言うよ。最近は自分の部屋にはぼくを入れないくせに。
麻衣は隕石を手に取ると窓のそばで太陽に透かしてみたりした。
「ふーん。どこから見ても真っ黒ね」
ところが麻衣はふいに、きゃっと叫ぶと石を放り出した。こつんと床に落ちたそれは、弾んで掃き出し窓の方へ転がった。
「これ、へんよ。向こう側になにかあるみたい。ブラックホールかしら」
「なんだよ。石じゃん。空気じゃないんだから」
ぼくはばかばかしいと思いながら拾おうと手を伸ばした。そしたら石の中から声が聞こえてきたんだ。
「まもる」
ぎょっとして伸ばした手をひっこめて後ずさりしたら、麻衣も怖がってぼくの後ろにかくれた。
でも、なにも聞こえてこないので、空耳だと思ってまたつかもうとした。ところが。
「うわっ」
校門を出ると、ぼくはつい、大声を出した。
「まもる。そんなこと言って、誰かに聞かれたらどうするんだよ」
ようちゃんがきょろきょろあたりを見回して言った。
「かまうもんか。あー、かったるい!」
実は明日総合学習で竹炭を作るんだ。
担任の渡辺先生ったら、環境問題にやたら熱心で、五年生の一学期からぼくらはずっと町の環境を調べてきたんだ。ゴミ問題とか化学物質のこととか、いろいろ……。
特に身近な問題だといって、町中の川の汚れを調べたり、川を浄化して成果を上げたっていう町まで見学に行ったりしてさ。
そして三学期の今回は、しめくくりに竹炭を焼いて、一番汚れている川に沈めようっていうんだ。
おかげで明日日直のぼくは、いつもより早く登校して先生の手伝いをしなきゃならない。まったくいい迷惑だよ。
だいたい地球がピンチだなんて世間では言ってるけど、ぼくにはあんまりピンとこないんだ。だってこの町はまだけっこう自然があって、海も空もわりときれいなんだもん。
だから総合授業の時に、ぼくはふざけてばかりで先生にいつも叱られていた。
化学物質のことを教わった時は、その名前を早口ことばにして遊んじゃったし。
『ダイオキシン・トリクロロエチレン・トリハロメタン』なんてね。
それから川を調べに行った時も、女子はまじめにやってたけどぼくと何人かの仲間は石投げをしていたし。
それで先生にすごく叱られて、罰として居残りさせられて漢字を千字書かされた。だけど、そういうのを親は体罰なんて言わないんだよね。
もちろん悪いのはぼくだけど、もし、その罰が漢字じゃなくてバケツを持って廊下に立たされたり、グランド十周なんて走らされたら体罰なんて騒ぐくせにさ。
でも、それだってぼくは途中でやめて家に逃げて帰っちゃった。
たぶんそのせいだと思うんだ。今日、炭を焼くかまどを作るための穴掘りを手伝わされたのは。
スコップなんて初めて持ったから、先生にへっぴり腰なんて笑われちゃった。
それから太い竹も割った。丸いままだと竹は節があるから火の中で破裂しちゃうんだって。そうするといい炭ができないそうだ。
力仕事をしたおかげでどっと疲れた。でも、まあ、穴掘りも竹割りも、漢字を書くよりずっと楽しかったけどね。
それにしても、憎たらしいのは麻衣のヤツ。ぼくがちょっと手を抜くと先生に言いつけるんだ。まるでクラスの女王様を気取ったような生意気な顔を思い出したらむかついてきた。ぼくは腹立ちまぎれにいろいろ悪態をついた。
「麻衣なんか先生に乗せられちゃって張り切っちゃってさ。バカみたいだね。地球を守ろうなんて、正義の味方ぶってさ。ヒーロー漫画じゃないっての!」
「ま、まもるぅ。そ、そんな大きな声で、やめろよ。聞こえるって」
ようちゃんはやけにびくびくしてる。
「大丈夫だって。あいつ、いいかっこしてまだ先生の手伝いしてたじゃん」
「で、でも。もう、終わった頃だよ」
と、ようちゃんはまたきょろきょろした。そんなに麻衣が怖いのかね。
「平気だって。ほら、いつもは土いじりなんか汚れるからいやだなんて言ってたくせに、スコップなんか持っちゃってさ。ほんと。ええかっこしいだよな」
調子に乗ってぼくは言いたい放題だ。ところが。
「聞こえたわよ! まもるくん!」
後ろからすごい剣幕の声がした。麻衣だ。
(やばい……)
と思いながら、そおっと振り返ると、麻衣が眉をつり上げてぼくをにらんでいる。
顔はまあまあかわいいけど、気が強くて口げんかでは誰も勝てないんだ。それに正論で攻めてくるから太刀打ちできない。特に男子はみんなこいつが苦手だった。
「ま、まもる。じゃあね。ぼくは急ぐから」
「あ、ちょ、ちょっと。ようちゃん!」
ようちゃんは麻衣から逃げるように、そそくさと行っちゃった。薄情者……。
「まもるくん! 何とか言ったらどう?」
ぼくの前に麻衣は仁王立ちで立ちふさがっている。ぼくは別の道から帰ろうと、今きた道を引き返した。すると麻衣はぼくのそばに寄ってきて説教し始めた。
「まもるくんも他の男子もいいかげんよ! 見たでしょ。川がどれだけ汚れてたか」
わかってるさ。生活排水だろ!
たしかに町を流れている三つの川を調べたとき、どれもがひどく汚れていた。そのうち特にひどかった中川はすごい匂いがして、川底にはヘドロがたまっていた。それは認めるよ。
でもぼくらが竹炭を入れたからってどれほどの効果があるってんだ?
そんなの焼け石に水っていうんじゃないか?
のれんに腕押しだっけ?
それとも糠に釘?
ええい。なんでもいいや!
ぼくが無視したままでいると、麻衣はムキになって追いかけてきた。
「渡辺先生の言うことは正しいわ! このままじゃほんとうに地球はだめになっちゃうのよ。ねえ、わかってる?」
麻衣が腕をつかんできたので、ぼくはそれを振り払った。
「ほっとけよ。ついてくるな!」
「おあいにくさま。同じ方向でしょ」
そうなんだ。ぼくらの家はとなりどうし。しかも両親とも親友同士で、将来ぼくらを結婚させようなんて話してる。そんなことになったら地球より先にぼくの身が破滅する。
麻衣はえらそうにねえさんぶって言った。
「とにかく、明日七時に迎えにいくわ」
「もう! うるさいな!」
ぼくはどなった。その時だ。
ひゅっとぼくらを顔をかすめて何かが落ちてきた。ガツンと鈍い音がしたので、見るとアスファルトにぼくのこぶし大の黒い石がめり込んでいる。
ぼくも麻衣も一瞬ひやっとした。こんなのが頭にぶつかったら死んじゃうよ。
「びっくりした。なにこれ?」
「わあ、すごいや。隕石だ。明日みんなに見せびらかしちゃおっと」
ぼくはそれを拾い上げた。まいはけげんな顔をしてぼくの手の中の石をのぞき込んだ。
「大丈夫なの? まもるくん。素手で持ったりして」
「うるさいってば!」
ぼくが二階の自分の部屋で持ち帰った隕石を見ていると、麻衣が窓越しに声をかけてきた。
「ねえ、それって本当に隕石?」
「そりゃあ、そうさ。空から落ちてきたんだから」
「もう一回見せて」
麻衣は屋根を伝ってぼくの部屋に入ってきた。おてんばなヤツ。
「おまえなあ、ちゃんと玄関から入って来いよ」
「いいじゃん。昔からこうしてきたんだし」
よく言うよ。最近は自分の部屋にはぼくを入れないくせに。
麻衣は隕石を手に取ると窓のそばで太陽に透かしてみたりした。
「ふーん。どこから見ても真っ黒ね」
ところが麻衣はふいに、きゃっと叫ぶと石を放り出した。こつんと床に落ちたそれは、弾んで掃き出し窓の方へ転がった。
「これ、へんよ。向こう側になにかあるみたい。ブラックホールかしら」
「なんだよ。石じゃん。空気じゃないんだから」
ぼくはばかばかしいと思いながら拾おうと手を伸ばした。そしたら石の中から声が聞こえてきたんだ。
「まもる」
ぎょっとして伸ばした手をひっこめて後ずさりしたら、麻衣も怖がってぼくの後ろにかくれた。
でも、なにも聞こえてこないので、空耳だと思ってまたつかもうとした。ところが。
「うわっ」