砂の船
張り残したチラシを片付けながら、佐々木は又呟く。
特にやりたいことがあるわけでもない。ただ、両親がある程度資産を残してくれたので
周りに合わせてなんとなく受験をしてみて、落ちた。
そしてまた、なんとなく浪人生活を送ってみてはいるものの、
大学生活にも、その先に続く人生にも何の期待も見出せなかった。
どうせ、これまでとおなじことが繰り返されるだけだろう。
両頬と右手、さらに服を脱げば胸と背中についた大きな傷跡に向けられる視線。
遠慮がちに、しかし「怖いもの見たさ」という名の好奇心が見え隠れする問いかけ。
真実を話せば、同情と哀れみがたっぷり詰まった言葉が一度だけかけられる。
言葉を濁せば、可能な限り猟奇的に捏造された噂話がひそひそと、自分以外の耳から耳へと囁かれる。
そして、どんな場所でも遠巻きに見つめられるだけで、ずっと一人ぼっち。
いつからか、生身の人間がたまらなく怖くなった。
と、同時にこの傷をつけられたときに自分の人生は終ったのだと思うようにもなった。
狭いコンビニの、さらに狭いレジカウンターの中で必要最低限の会話を交わし、
機械を操作して、給与を得る。それは自分に一番合った生き方かもしれない
たまに襲ってくる寂しさは、携帯やパソコンの液晶画面の中の文字のやり取りで解消できる。
恋愛は、平面世界の美少女達との擬似行為で十分だった。
「……あの、レジお願いします」
か細い声に佐々木は我にかえった。長いだけの癖のある髪の間から上目遣いに見上げれば、
この辺りでは有名な隣の市の名門女子高の制服を着た女の子が立っている。
今時珍しい背中までの長さのある髪は、佐々木と違って手入れが行き届いているものの
真っ黒で、重そうな印象を与える。前髪も目の上ぎりぎりまで伸びていて、
女の子の表情をひどく判りづらいものにしていた。
普通なら溌剌さが、はちきれそうに詰まっている年齢なのに、
まるでもう人生に疲れきってしまったような影が顔にこびりついている
悪い意味で目立つその女の子は、週に2,3回来る常連さんだ。
「すいません」
独り言と同じように口の中でもごもごと呟いて
佐々木はレジの前に立ち、差し出された飲み物に機械を当てる。
レジに表示された金額を、女の子はさりげなくブランド名が入ったチェックの財布から取り出して