砂の船
第一話 出逢い
「佐々木はん、コレも張っといてくんなはれ」
目の前にどさり、と置かれたチラシにため息をつきながら
「はーい」
と佐々木は店長の半井に返答した
A5サイズの薄っぺらな紙には
1リットルサイズの牛乳パックに顔と手足が
つけられた絵が
「さあ、良い子のみんな牛乳を飲もう」
と叫んでいる。
「ミル君」と言うらしいこのキャラは、佐々木がバイトをしている
コンビニ「ハッピーストア」の親会社である大手乳製品会社の
販売促進用キャラらしいが、いくらゆるキャラ、擬人化流行りの
今日≪こんにち≫であっても、あまりに安直だ。
「・・・・・・おれだったらもっとましなものを作るなあ」
と呟きつつも、佐々木はノロノロと表のガラスにチラシを張る作業を開始した。
秋も大分深まってきて、冷たい風が街路樹にこびりついた枯葉を揺らしている。
それを見ながらそろそろおでんの季節だなあと考え、
その考えに苦笑が浮かぶ。
仮にも自分は浪人生の身の上だ。普通だったらこの時期は受験の追い込みであり
そのことで頭がいっぱいになるはずなのに、なんで真っ先に思い浮かぶのが
気分転換と収入手段を兼ねたコンビニのことなのだろう。
「1年働いているうちになじんじゃったのかな、俺」
独り言は、いつ始めたのか覚えてないほど幼いころからの癖だ。
いくら記憶をひっかきまわしても背中しか思い出せない両親は、
多分、自分のことなどほとんど関心がなかったのだろう。
自分で自分に話しかけてやらなければ、空≪くう≫に溶けて消えてしまいそうな
不安感が常に心の中にあった。
どんなに小さくとも確実に耳に届いてはいただろうに、ついに一度も両親は
その独り言に一度も応えることなく、ある日突然二人してついていけないところに旅立ってしまった。
無責任、となじりたい気持ちもあるが、一方であの両親らしい、ともため息混じりに思うこともある。
「これ、終ったら上がってくれてかまへんでえ」
「はーい」
仕事が終るのはほっとする、だがそれだけだ。この後の予定は特に無い。
冷えきった部屋に帰って、パソコンを見ながら出来合いの夕食を食べるだけ。
昨日も一昨日もそうだった。そしてこれからも多分ずっとそうだろう。
参考書は1週間前から開いていない。予備校の授業は出ているが内容は右から左だ。
「俺、大学に行って何したいんだろう」