小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

ひめごと

INDEX|3ページ/8ページ|

次のページ前のページ
 


 あのひとと初めて寝たのは、夏休みの終わり頃だ。経緯は詳しく覚えていないが、とにかく一学期の間に、私とあのひとは周囲が驚く程親しくなった。仲がよいといえたのかはわからないが、とにかくしょっちゅう一緒にいた。といっても学年が違うのだから、主に放課後だけだったけれど。

 あのひとはあれ以来頻繁に美術室に出入りするようになった。プールが開かれて水泳部の活動が本格的にはじまるまでは、二日に一度は顔を出した。でも水泳部の活動がはじまるころにはもう、私と可奈子先輩とあのひとはほとんど毎日一緒に帰るようになって、それは夏休みまでずっと続いた。でも、そのとき三人で一体なにを話していたのか、どうしても思い出せない。きっと具にもつかないようなことばかり話していたんだろう。そんなことを覚えていられるほど、その後の体験はなまやさしいものではなかった。

 あれは、暑い日だった。蝉が声を限りに叫んでいたが、何匹かはあまりの暑さに耐え切れず地面に転がっていた。私はよっぽど家にいようかとも思ったが、なんだか無性に絵が描きたくて、それも学校の美術室で描きたくて、殺人的な暑さの中を出かけたのだ。

 たぶん誰も来ていないだろうと思っていた。そしてその通りだった。学校がある間にだってまともな活動をしていない部が、こんな日に集まるはずもない。私は一人でキャンバスに向かった。冷房などないので窓を全て開け放った。こんな暑さだというのに、外からは楽し気な少女達の声が聞こえてきたので、元気があるなあ、運動部なんて今日辛いだろうにと思っていたが、ふと気づいた。水泳部だ。美術室のある棟の斜下にはプールがある。ああ、それなら今日なんてさぞ気持ちよかろうなあと考えを変えた。きらきら跳ねる水が目に浮かぶ。

 それから二時間ほど描いたが、何気なく蝉の声を意識した瞬間、集中がとぎれた。一度とぎれてしまうと、暑さも手伝ってもう気合いをとりかえすことは出来なさそうだった。
時計を見るともうお昼すぎだったので、帰ろうと決めた。

 校舎を出て、プールの横を通ったとき、呼ばれたような気がして立ち止まる。

 やはり呼ばれている。

 振り返るとあのひとがプールサイドに立って手を振っていた。

 競泳用の水着は学校指定のものより露出が多い。伸びやかな手足は夏の日射しを浴びてなお白く、儚気にさえ見えた。肉感というものが窺えない。

 水にぬれて涼し気な肌を惜しみなくさらす可憐なあのひとと、汗まみれで制服に暑苦しく身を包んだ私との対比は悪夢のようだった。

 女として見ることのある悪夢のなかでも、目を覆いたくなるような類いのものだ。

 でもそんな思いも一瞬の白昼夢にすぎない。

 「学校きてたのね。部活?」
 「はい」
 「そう・・・」

 こっちももう終わりなの。一緒に帰らない?

 その誘いを断る理由はひとつもなかった。

 だから一緒に帰ったのだ。いつもの通り、駅に行って、同じ方向の電車に乗って。5つめの駅であのひとが降りる。

 その日は私もそこで降りた。

 家に誘われたからだということは覚えているが、誘い文句は覚えていない。でも別に構わないだろう。問題はそのあとだ。
 
 あのひとの家は駅から自転車で10分くらいのところにあって、もうそもそも街自体が田舎だということもあって、人通りはほとんどなかった。そして彼女の家の人も仕事で出払っているとかで、だれもいなかった。

 もうなんとなく部屋に通された時点で、不思議と私にはある程度予感のようなものはあって、でもそんなはずはないと気を散らせていたら、まあほかにすることも特になかったというのもあって30分とたたずに彼女がすりよってきた。

 でもそんなふうだったから、後ろからうなじに唇を押し当てられても私は特別驚かなくて、あ、ほんとにきた、と思っただけだった。

 背中から腕をまわされると、ふわりと彼女の香水の香りがした。

 彼女はなにも言わずに私の制服のリボンの結び目をといて、けれどするりとそれを衿から外しても私もなにも言わなかったせいか、ねえ、と声をあげた。

 でも私もなにを言っていいのかわからなかったので、黙って彼女に寄り掛かってみせた。

 そもそも、私が拒まないだろうということは、彼女にはわかっているはずだ。そう確信していないかぎり、こういう行動に出るタイプではない。彼女には、私が同性愛者ではないけれど彼女のことは受け入れるであろうことがわかっていたし、私は彼女が同性愛者なのかどうかまではわからないが、彼女が自分とあわせる視線に時折含まれた品定めするような意図を感じ取っていた。勘違いでも思い込みでもなく、それはなぜかただわかったのだった。後々わかることだし、このときもうっすらそうではないかと思っていたのだが、私達は思考回路のある部分がつながっているかのように似ていたのだ。

 ともかくわたしは彼女が自分と寝たがっている、そうまで言わなくとも私の身体に触れたがっていることが分かっていたし、拒む気もなかった。別に拒んでもよかったのだが、拒まなくてもいいと思ったから拒まなかった。その程度だった。同じことを異性から望まれたなら絶対に許容しなかったことは誓って言えるのだが。

 しかし私が酷く反発を感じたのは、ゆっくりベットに押し倒されたときだ。そのまま夏服の釦を全て外されるまでじっと待ってみたが、このままではどうにも気がなおりそうになかったので待ったをかけた。

 「なあに?」あのひとは再び身を起こした私に眉をひそめた。

 「逆がいい」
 「は・・・?」

 私は素直に希望を告げたのだが、通じなかったようなので言葉を変えた。

 「下はいやです」

 彼女は困惑したように首をかしげた。私はまた通じなかったか、しかし他にどう言えばいいのかと思い、同じく首をひねっていた。

 「だから、なんていうのか」
 「逆って言っても・・・」

 ねえ、ひょっとしてこういう経験あるの?彼女が一瞬本気で顔色を変えた。驚いているらしい。

 「ないけど・・・」私はそれが面白くて、少し気分がよかった。

 「じゃあ、どうするのか知らないでしょう?」
 「だって、先輩だって知らないでしょう?それとも他にも女の子としたことあるの?」
 「女の子とは、私だってないわよ。でも、私は男の子との経験はあるもの。女の子に対してどうするかは、加南ちゃんよりはわかるわよ」

 「自分がされたようにするってこと?他の男の子に自分がされたことを、私に?」
 「え、だって・・・」

 なにをどうするかなんて、大体みんな一緒じゃない。変な趣味が無きゃ。

 信じられない台詞を聞いた気がした。他の女からならまだしも、このひとの口からそんな言葉がでるとは。多分私の知っている他のだれより、このひとが言うと酷く卑猥な印象が強まる。なんてことを。私は別に、行為の別を知りたかったわけではないのだ。ただちょっとからかってみたかっただけなのに。

 先輩えろいー、と私が言うと、彼女が慌てたように顔の前で手を振った。

 「ちがうわよ?別に私だってそんなに経験豊富ってわけじゃ」
作品名:ひめごと 作家名:蜜虫