サクラサク
どたばた、と賑やかな足音と共に部屋に入って来た姉は、何してるの、と片眉を上げる。
「おかえり。思ったよりも早いね」
「うん。今日は授業無いからね。ご飯はもう食べた?」
「これから」
じゃああたしも食べる、と姉は言い残して、自分の部屋へと引っ込んでいく。それを目に、篤史は冷蔵庫へと向かう。
テーブルの上に、二人分のサラダを並べながら、ぼんやりと思いを馳せる。
何一つ不満の無い、家庭。平日は父も母も自分達の為に一生懸命働いてくれて、そして休日は何かしら平日の分も面倒を見てくれる。両親が夜遅くまで帰ってこなくても、三つ違いの姉がいるから、ひとりという事はあまり無い。
「今日は何?」
「……肉じゃが」
部屋着に着替えた姉がダイニングへと入ってくる。二人でいつものように会話を交わしながら、手慣れた手つきで食事を並べていく。
「――そういえば、もうすぐ定期演奏会だっけ」
「あ――、うん」
姉は篤史と同じく、小さい頃からピアノを習っていた。高校では吹奏楽部に入り、今も大学のサークルで続けているらしい。
「今年は何やるの? あれ、楽譜でしょ?」
「ああ、あれは、青葉の歌だよ」
篤史の口から出た言葉に、姉は懐かしそうに表情を緩めた。
「また伴奏なんでしょ?」
「――うん」
姉は言葉少なな篤史に、それきり肩を竦めてみせると、頂きますと呟いてお茶碗に手を伸ばしていた。彼もそれにならって、反対側に座る。
篤史が通っているピアノ教室では、とあるコンクールで、彼の演奏を見込んでか、有名な先生からの誘いがある、との話を聞いていた。
一週間に一度通う、違う先生の所からは、大学をどうするのか、と聞かれた。
両親に話しても、決めるのはお前だから、好きにしなさい、とだけ言われていた。
本当に期待されたい人からは、何も求められない。
何をしても、反対される事もなければ、異常に期待される事も無い。
「……ねぇ」
「なにー?」
リビングのテレビに顔を向けている姉に声を掛けると、どこかぼんやりとした言葉が返ってくる。
「……何でもない」
「うん?」
彼女は特に気にする事もないようで、顔をテレビに向けたままだ。
当たり前のように当たり前の世界で、変わりのない一日を過ごす。今日も、明日も、その次の日も。