サクラサク
オレンジの照明の空間には、綺麗に盛り付けられたサラダがちんまりと置いてある。彼は麦茶を取り出すと、食器棚からグラスを出して、慣れた手つきで注いだ。
「……」
篤史はそれを持って、リビングにあるソファの前へと足を運んだ。ソファにどしりと腰掛けて、そして無造作にリモコンを掴む。
薄暗いリビングに、瞬間的に光が満ちた。その光は後ろの壁に反射する。様々な色を見せる光と、煩雑な音。
篤史はただぼんやりとテレビを眺めながら、グラスの水を一気に干す。
そして、少しだけ、笑った。
「――何だか、ここは人形の世界みたいだ」
*
篤史は長い時間、テレビをただぼんやりと眺めていた。
しばらくして、テレビの音だけが流れ込むこの世界に、時計の針がかちりと鳴る音が混ざる。その音は小さいくせに、やけに彼の耳には大きく響いていた。
振り向いて、時計の針を確かめる。それは、七時を差していた。
「夕飯でも食べるか……」
ひとり呟いて、ソファから腰を上げる。すっかりリビングは暗くなり、既にテレビの光が唯一の光源となってしまっていた。
今度こそリビングの電気を付けようと動く。暗い部屋の中を移動していたせいで、篤史の足に何かがぶつかり、がつん、と音がした。
「……ん?」
篤史はひょいと足を持ち上げてそれを避け、リビングの壁についているスイッチを押す。そうして床の上を振り返ると、そこには、学校に持っていく鞄が落ちていた。今足で蹴ったせいで、鞄の中身が散乱していた。
「……」
黙ったまま、屈んで鞄の中身を拾い上げる。
ルーズリーフの紙。
筆箱。
携帯電話。
教科書。
そして、白い五線譜。
最後にその楽譜を拾った篤史の顔に、僅かに苦笑いが浮かぶ。ついさっきまで彼は部活で、その楽譜と向き合っていたはずなのに、既にそれが遠い過去の世界であるように感じられたからだった。
「……何してるんだろ、俺」
自嘲の笑みを零しながら、その五線譜に目を落とす。
その楽譜に刻まれている題名は、「青葉の歌」だった。小さい頃からピアノを練習してきている自分に、今伴奏を頼まれている曲。
「ただいまー」
それをぼんやりと見ていた時、がちゃり、と玄関が開く音がして、やけに高い声が篤史の耳に入った。