サクラサク
そして、あどけない声でこう問うのだ。
「ねえお兄ちゃん、どうしてさくらの花びらは、じめんにおちちゃうの?」
「え……」
唐突なその問いに、篤史の頭の中はどうしてかしばらく混乱していた。少女はきょとん、と首を傾げている。
「ねえ、お兄ちゃん、どうして? どうしてこんなにきれいなのに」
「……どうしてだろうね」
脳内では色々と答えを考えているのに、ふと、彼の口をついて出た言葉はそれだった。自分でその言葉を聞き、どうしてか分からないが、驚いた気持ちになる。
少女は、篤史の答えに不満なようだった。
「お兄ちゃんでも分からないの?」
「……うん。でも、分かったら必ず教えてあげる」
残念そうな表情にそう言うと、しぼんだ彼女の表情はすぐにぱあ、と明るくなった。
「ほんとに? じゃああいり、さくらがちるまでここからかえるね」
少女はそう言って、小走りに去っていった。
少女が起こした風に煽られて、地面に落ちかけた花びらがふわりと舞いあがる。
篤史はそれをただ眺めていた。
* * *
「ただいま」
口癖のように声を掛けながら、玄関の扉を開けた。ちりんちりん、と扉に付けられたドアベルが可憐な音を響かせる。
だがそれに答える声は、無い。篤史もそれを当たり前のように知っているから、それには構わず奥へと進んだ。
綺麗に磨き上げられたリビングは、がらんと空っぽになっている。薄暗いリビングの電気を付けようと手を伸ばして、そのままスイッチの手前で手が止まった。
「……いいや」
ぼそりとそう呟き、そのままリビングへと入っていった。
真っ黒のテレビ。
ガラスの向こうに見える、整然と整えられた草木。
それを横目に、ダイニングテーブルへといつものように歩み寄る。
そこには、一枚の紙と、ラップが掛けられたおかず類が置かれていた。
「冷蔵庫にサラダが入っています」
紙には、簡潔に連絡ごとだけを記してある。
これもいつもの事だった。
平日はいつも、両親は働きに出ているのだ。
平日の夕食に、家族全員が揃うことなどは無い。篤史は無表情にそれを眺めると、冷蔵庫に手を伸ばしていた。