Nonsense!
横を向いたままの奴の肩を掴んでこちらに顔を向けさせる。
「・・・・なんでもない。」
「へぇ?俺に隠し事とはいい度胸だな。」
いいざま裕樹の上に馬乗りになって、両手を掲げる。
「え、ちょっと・・・まさか・・・。」
「しょんべん漏らすなよ〜〜?」
裕樹はくすぐりに弱かった。
「ぎゃはっ・・・!ひっ・・・ごめ、悪かったから・・・ひでっ・・・」
「さぁ、吐け!」
わき腹から腋の下まで強弱をつけてくすぐってやる。
「や、やだって!!ばっ、うひゃ・・・くそっ。」
抵抗を始めた裕樹を跨っているために有利な立ち位置から難なく制する。
「降参か?」
「しない!」
強情なのは昔から変わらないらしい。
ふと一瞬息を抜いた瞬間頭を掴まれて横に倒される。
「お返しだ!」
「何!?」
安物のパイプベットで暴れれば階下にも響くってなもんで。
案の定下から苦情があった。
きっと明日の朝は『まだまだ子供ねぇ・・』とため息混じりにからかわれるに違いない。
まったく高校生にもなって何をやってるんだか。
軽く自己嫌悪に陥った。
裕樹を相手にしてるとなんでか調子が狂う。
「しょうがねぇ、今日のところは勘弁してやるか。」
「えらそーに。」
「なんだと?」
それからまた口げんかの応酬でいい加減お互いネタが尽きてきた所でなんだか妙に可笑しくなって盛大に笑った。
ひとしきり笑いが治まり妙な沈黙の後に裕樹がまた話し出す。
「そういえば、英明さぁ。助けてくれた人の名前とか住所とか聞いた?」
「ん?ああ、明日学校帰りにでも行ってみっか。そんなことよりもう寝ろよ、疲れただろ。」
自分だってそれは同じだろうに人のことを気遣うやさしさは本当に昔から変わらないな、と裕樹は心の中で思った。
次第に規則的になる隣の寝息を聞きながら自分も心地よい眠りに誘われるまま瞼を閉じる。
先ほど言いかけた言葉は裕樹の中で最後の砦。
寝巻き代わりにしている英明のTシャツのすそを気づかれないようにつまんで握り締める。
今は昔のように手をつないで寝るわけにも行かない。
背中に耳をくっつけて鼓動を感じればそれだけで安心した。
小さい頃は不思議だったことも年齢を重ねればそれなりに解ってくるものだ。
英明の傍でならぐっすり眠れる。
夜中に飛び起きて眠れなくなることもない。
それがどうしてかなんてとっくに気が付いていたけど。
離れようとしてもこんな風に当然のように触れ合えて。
優しくて。
それがものすごく残酷だ。
このまま変わらないでいたい。
変わらないでいて欲しい。
子守唄代わりの鼓動。
翌朝、朝練に行くためにセットしてある携帯のアラームが鳴り、眠りから意識を戻す。
スヌーズ機能を解除しするためにいつもの場所へ手を伸ばそうとして上手くいかないことに気づくと鼻先にやわらかいものが当たる。
それに気づくと同時に心臓が飛び跳ねた。
左腕を枕に裕樹が熟睡しているとは、何の悪い冗談だ?
とりあえず起こさないように携帯をとってアラームを止めて一息つく。
ゆっくり腕を抜いて体を起こすと服が引っ張られた。
案の定裕樹の手にしっかりと握られている。
「ったく。」
ため息をこぼしながら外そうとしたが、躊躇して掴まれたままのTシャツを脱いで着替えた。
なんだか妙な気分だった。
今までこんな事はしょっちゅうあったし、最近はお互い学校生活のリズムの差で逢うことも少なくなっていたが別段顔を合わせなかった訳でもないのに。
変わった事といえば、バス停での爆弾発言や、土手から落っこちて、裕樹の発作がでたくらいで。
思い出して背中が痛くなってきた。
男が好きになったという裕樹の言葉は本気なんだろうか。
懐っこい性格をしているせいでうまく丸め込まれてたりするんじゃないだろうか。
イロイロ良く無い想像が湧いてくる。
何処のどいつか確かめて問い正すしかないか?
それとも、ただ裕樹の片想いなだけかも知れない。
友人として何処まで関わってよいものか悩む所。
いや、そもそも関わる事もないのか・・?
だんだん思考回路が混乱してきた。
そもそも何で俺がこんな事で悩まなきゃいけないんだ。
当の本人は人のシャツ握り締めて熟睡かっとんでるし。
覗き込んでみれば年上な幼馴染は幼さを残した顔つきで幸せそうに寝ている。
本当に妙な気分だ。
ともかく支度が済んで後のことは母親に任せて学校へ急いだ。
そして放課後。
裕樹の携帯に連絡しておいた待ち合わせ場所に部活を早々に切り上げて向かったのだが。
最寄り駅の噴水の前、何故かそこには見覚えのある男が居た。
それもやたら裕樹と親密そうな雰囲気が見て取れた。
こちらに気が付いた裕樹が手を振る。
「英明、ちょうど良かった〜」
「どういうことだ?」
語尾に剣呑な雰囲気が混じったって当然だろう。
「昨日は暗かったし顔も見てなかったしわからなかったんだけど、俺の制服を覚えててくれたみたいで車に落とした鍵を届けてくれたんだよ。」
「なんで?知り合いなのか、このおっさん。」
サングラスをかけている上に黒を基調としたいでたちはこの季節に不釣合いな雰囲気をかもし出している。
「おっさんとはひどいね。」
ガキの言う事など意に返さずおどけてみせるそのしぐさまでもが妙に勘にさわった。
「俺がよく塾の帰りに寄る喫茶店のマスターなんだ。」
「あっそ、よかったな。」
なんだって世の中狭過ぎる。
その男の視線を感じて睨み返せば口の端で笑われたような気がした。
「あんた、人と話すときになんでサングラス外さないんだ?理由でもあんの。助けてもらっておいてなんだけどさ。」
確か昨日の夜にはかけていた記憶がない。
さりげなく裕樹との間に入って問いかける。
「ああ、すまないね不躾で。ちょっとした目の病気で太陽の光に弱いんだ。怪しいものじゃないからそんなに威嚇しなくても君の友達に何かしようとはおもってないよ。」
何言ってやがんだ、このおっさん。
「お礼言ったんだろ?」
裕樹に一応の確認をとって
「え、うん言った。」
「・・じゃぁ、昨日はありがとうございました。毛布はその店に届けますので今日はこれで。」
礼儀は礼儀として確認しきちんと頭を下げてから裕樹の手をとってその場を離れた。
「ああ、すぐそこの店だから君も今度一緒に来るといい。」
返答もそこそこにきびすを返して。
「ちょ、英明ってば。失礼だよ。」
「いいんだよ、なんかあのおっさんやばい気がする。お前、あんまり気を許すなよな。」
ボケボケしてて変な商品とか買わされてたりしないだろうな?
自分でもなんでこんなにイラつくのか訳わからないまま。
「何言ってんだよ。英さんはとってもいい人だよ。」
ぴたりと歩みが止まる。
その聞き覚えがある名前。
裕樹の口から出るのは2度目だった。
「誰だって?」
「だから、英さん。」