Nonsense!
ポケットから取り出した名刺の裏には「煉」と名前だけ書いてあり、表を見ると確かに店の名前が書いてある。
『HANABUSA』と。
一体何の冗談だ。
「アイツがお前の言ってた好きな奴なのか?」
「え?」
いきなり話を振られて裕樹は動揺しているのか口ごもる。
つないでいた手を放して正面から向き直った。
いつもまっすぐ見つめ返すその瞳がそらされた。
後ろめたい感情なのは理解してるんだろう。
なんだか急に腹の下がキリリと痛んだ。
「やめとけ。」
これは友人として忠告しておくんだと半ば自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「英明?」
「お前さ、きっと勘違いしてるんだよ。好意と愛情は別もんだろ。」
まだ心底夢中になれるような出会いをしたことがない俺が言うのも説得力に欠けるけど。
あ、やばいと思っても既に遅い。裕樹が泣きそうな表情をしている。
「分かってるよ、そんなのは!英明に言われなくったって・・・ずーっと前から何度もあきらめようって思ってた。」
そらされていた視線が合わさるとその力強さに圧倒される。
「悪かったって、言いすぎた。」
ここでいつもならアイスのひとつでもおごってやれば済むところだったのだけど、今日ばかりは違っていた。
「鈍感。」
そういって見る見る顔が近づいてきた。
別段そんな距離に顔があったところで慣れているはずなのに。
脳裏に今朝の眠る横顔が浮かんで手のひらに妙な汗をかいた。
空気の湿り気のおかげで肌がべたつくのか、それとも自分の汗でそうなっているのか解らないが。
「でも俺、英明のそういうところ好きだ。」
今までとなんら変わることのない日常が非日常に変わる瞬間は唐突に訪れた。
唇があんなにも熱かったなんて。