Nonsense!
身体能力に長けているといえばそれまでだかあまりにも見事だった。
「裕樹、大丈夫か!」
陸橋の柱に背もたれながらうずくまって震えていた。
「うん、あはは・・しばらくなかったのに。英明がいるから油断しちゃったのかも。」
「何言ってんだ!気のせいだって、車捕まえたから病院行くぞ。」
裕樹の腕を取って肩につかまらせようとしたところ。
半分意識がなさそうで体を起こすのもしんどいのか足に力が入らず、よろけていると横から出てきた腕が重みを取り上げた。
「君もそのままでは風邪を引く、この子は任せなさい。玲、行くぞ。」
「へーへー。」
玲と呼ばれた男は持っていた傘を英明の方へ放り、裕樹を抱えた男のもっていた傘を差して車へ戻って行った。
遅れてその後を付いていく。
小柄とはいえ裕樹は一般的な少年で肩に担いでいても柵を越えるのに苦労するはずだろう。
それなのに男は軽々と片手で柵を越えて向こう側へ消えた。
かばんを拾い、後に続く。
全身ずぶぬれでリアシートに乗り込むとバスタオルを投げられた。
「ほら、服を脱がせてこれで拭いて包んでやれ。」
言われるまま服を脱がせて渡された毛布で包んでやった。
「少年も体拭いとけよ。」
「ありがとうございます。」
なんだか用意周到な気がしないでもなかったが、素直に礼を言っておく。
背もたれに力なく横たわり、橋の振動で左右に揺れる裕樹の身体を肩を引き寄せて落ち着かせた。
「英明・・・病院は止めてくれ。」
「ふざけんな!そんなん聞けるか。」
「もう、大丈夫。本当だ、大丈夫だから。心配させたくないんだ。」
裕樹の両親は交通事故でなくなっていて、今は姉と2人暮らし。
残されたのは家と少々の生命保険。
ちょうどこんな生ぬるい雨の日だった。
「で、どうするんだ?俺としちゃあんま関わりあいたくないんだけどね、今日は特別だ。乗り合いタクシーぐらいはしてやるよ。」
運転手の男はバックミラー越しにそう言って。
「・・・・家にお願いします。」
力ない口調でもはっきりと裕樹はそう言った。
「はいよ、ナビゲート頼むぜ。」
ゆっくりと車が動き出した。
数分後、送ってもらったはいいが裕樹の家には明かりがついていなかった。
どうやら姉は夜勤でいないらしい。
「お前、鍵は?」
「ズボンのポケットに・・・・・あれ?」
毛布の中はパンツ1丁といういでたちで。
英明が持っているビニール袋の中の制服のズボンにも見当たらなかった。
「落としちゃ・・・った?」
こんな時まで笑顔を絶やさないのには感心するがそれとこれとは話は別だった。
「ったく!しかたねぇうちに来い!」
「いいの?」
「今更遠慮するようなタマか。」
ふつふつと湧き上がる感情を振り払うように態と粗雑な言い方をした。
「ただいまーーーー!」
リビングの方からおかえりーという声を聞きつつ裕樹を部屋へ押しやった。
母に今の状態を見られれば裕樹の姉の耳にも入る可能性があり、心配掛けたくないという気持ちを尊重してやることにした。
「かあさん、今日久しぶりに裕樹泊まるから。」
「あら、珍しいわね〜。あんまり遅くまではしゃいでちゃダメよ?」
はしゃぐって何処のガキだ、もう高校生だっつーの。
親の中では何時までも3歳児のままらしい。
突然の雨で冷えた体を温めるのに裕樹を先に風呂へ追いやって、その間に夕飯をかっこんだ。
自分も手早く体を暖めて部屋へ向かう。
生乾きの髪のままでぼーっと床に座っている裕樹に声をかけた。
「体調はどうだ?」
「うん、大丈夫心配かけてごめんな。」
顔色も唇もだいぶ赤みを取り戻していたのでとりあえずは安堵する。
「英明が一緒でよかった。」
それには答えずに濡れた頭をわしゃわしゃとかき回してやった。
「ちょ、なにすんだよ!」
「ばーか・・・そのうち返してもらうさ。」
ひさしぶりの仲良しごっこは長い夜になりそうだった。
シングルベットで、育ち盛りの男二人で横になるには窮屈過ぎるが贅沢は言ってられない。
「客用の布団クリーニングに出しちまってるんだと。タイミングワリィ。」
「俺は良いけど・・ごめんな?」
何度目か解らない謝罪の言葉を無視して上から布団をかぶせてやった。
「ぷはっ、もう、何だよ!人がせっかく謙虚になってるってのに!」
「ばーか今更だっつったろ。」
ホントに今更だった。
裕樹の両親が事故で亡くなってから隣同士の俺たちは母親のお節介もあってほとんど兄弟同然で育ってきた。
特に今でさえ普通にしてはいたけどあの頃は毎晩のようにうなされていたらしい。
らしい、というのはガキのころの話で俺があんまり覚えていないから。
目の前で両親が亡くなってしまったのだから無理もない。
今日みたいな突然の雨の日に。
暴走車と正面衝突して後部座席にいた姉と裕樹だけが助かった。
それ以来、闇夜と豪雨は裕樹にとってトラウマ以外の何者でもない。
「なぁ、英明は好きな人とかいるの?」
こいつの唐突な会話は今に始まった事じゃないが、バス停での一件が頭をよぎりなるべく話に関わらないようにしたい。
背中越しに言い放つ。
並んで寝るよりも横の方が少しは窮屈さが薄れる。
「いねーよ。今はそれどころじゃねぇし。」
「ああ、そっか1年でレギュラー取れそうなんだっけ。すごいよなぁ。」
「何で知ってるんだ?」
学校は違うはずだし、自分からそんな話題出した覚えもない。
察するにおしゃべり好きの母親だろうか。
「だって、女の子たちが騒いでたよ。俺の学校に練習試合に来たことあったろ?」
「・・・ああ、確かに。そっちのグラウンド借りたことあったな。お前の学校のサッカー部結構強いんだぜ?」
「その時俺の幼馴染だって知られて凄かったよ。」
「野次がか?」
あの時は接戦で最後ラッキーなことにゴールを奪うことが出来たことぐらいしか覚えていない。
別段相手の選手に怪我させた覚えもないけど。
騒がれる覚えもないので首をかしげていると背中を向けていても裕樹が笑い出すのがわかった。
「英明さぁ、案外鈍感だよな。凄かったって言うのは、彼女とかいるかどうか聞かれまくって大変だったって事だよ。」
「はぁ〜〜〜〜〜?そんなん、直接俺に聞けばいいんじゃねぇの?」
なんだよ、そのあからさまなため息は。
泣き虫裕樹のくせに生意気だ。
「聞けないから俺のところに回ってくるんだろ?女子の間で情報交換も盛んらしいし。」
「よくわかんねぇなそう言うのは。」
昔から周りのことなんて気にした覚えがない。
自分と裕樹の世話で手一杯だった気がする。
「うん、英明はそのままでいてくれよ。」
その言い方が何故か勘にさわった。
「・・・・お前バカにしてんだろ。」
「してないよ、英明は昔から俺の・・・。」
「俺の、なんだよ?気色わりいな最後まで言え。」
背中越しではまどろっこしいので上半身を起こして裕樹に向き直った。