Nonsense!
そうだった、こういうことがあるから避けてたんじゃないか!!
雑草が生えてたおかげで砂利にも体をこすられることはなかったけど。
しこたま背中をぶつけてから後悔したって遅い。
自分の運命を呪うほかは手立てがない。
「ひでっ・・・英明!!大丈夫?・・・・ごめん、俺がうっかりしてるから・・・。」
そこは、しっかりしてないからっていう否定的な言い回しが通常だろう!どこのうっかり八兵衛だお前は。
混乱してるせいか、頭でも打ったのか埒もない突っ込みを入れつつ深呼吸をする。
とりあえず、骨に異常はないみたいだ。
「重い・・どけ。」
とっさに裕樹をかばったおかげで受身もろくに取れなくて、ぶつけた背中が痛くて起き上がる気力がない。
「ごめ・・・ごめんね、英明ぃ。」
・・・ったく、何だって俺はこうお人よしなんだか。
自分でもあきれる。
こういう展開に何度己を呪ったかしれない。
「もう、わかったから泣くな。みっともねぇだろうが。」
泣きたいのはこっちだって。
夏の大会も控えてるのに、怪我でもしようものならレギュラーの座まで脅かされそうだ。
「だって・・うぅ・・・。」
比較的都会ではないため夜空には星が瞬いてる。
こんな景色は久しぶりだった。
「泣き止まないと昔みたいに意地悪すんぞ。」
「え?」
ゆっくりと腹筋を使って上半身を起こす。
腕の擦り傷はたいしたことはなさそうだ。
もう一度全身を見て状況を確認してから裕樹の方を見た。
頬に少し雑草で擦った跡があるくらいでそのほかは無事らしい事に一安心した。
「・・・っ、いたた・・。」
安堵して今度は鈍っていた痛覚が戻ってきたらしい。
「だ、大丈夫〜〜〜?英明」
せっかく止まりかけてたものがまた後から後からあふれ出していた。
「だから泣くなよ、みっともねぇな。」
「だって、いたそうだし・・っ。」
はぁぁぁとため息を大仰について。
嗚咽が治まらない裕樹に視線を戻した。
涙でぐずぐずになった顔は裕樹の幼顔を更に加速して10数年タイムスリップしたようだった。
「そうだ、おまじないしてあげる。」
「おまじない〜〜〜〜?」
また突拍子もない事を。
「小さいころしてあげたら英明、すぐ痛いの治ってたよ?」
「よせ、やめろ。い、いらねぇ!!」
顔面が蒼白になった。
身の危険を感じて痛さも何処へやら。
全身のバネを利用して起き上がり、手荷物を探した。
「とにかく帰るぞ。家までもうすぐだし。」
「ちょ、本当に大丈夫なのか?すぐやせ我慢するんだから英明は。あの時だって、ひどい怪我してたのに家に着くまで平気な振りしてて俺後でこっぴどく怒られたんだからな。」
「何年前の話してんだ!」
「英明がこーんなちっさい頃だろ?」
確かに俺は小学生まで前から数えたほうが早かったさ!
「何言ってんだ。それはお前だって同じだろ、チビ裕。今は俺の方がでかいって!」
ほら、と身長差を測ろうと振り返ったら、後を追いかけていた裕樹と必然的にぶつかった。
本日二度目の接触。
今度はしこたま頭をぶつけた。
「・・・痛い、よね・・?」
「ったりめーだっ。アホッ、ボケェ!」
でっけえたんこぶまで出来ちまったじゃねぇか。
もうほんと、こいつの面倒見てると碌な事がない。
「うん、ごめんな。じゃぁ、今度こそおまじないだ。」
「なっ・・・・」
よせ、やめろと口にする前に頭をなでなでされた。
「いーちにーいさん、しでどっかーん。」
もう高校生にもなって頭をイイコイイコされることほどの苦痛があるだろうか。
あまつさえこれの一番いやな事は。
ちゅ。
最後に頭のてっぺんにキスをする━━━━━・・・。
「もう痛くないよ、英明。」
これが幼稚園生ならまだ許されるだろう。
だが、目の前に居るやつは昔よりも少しばかりでっかくなっただけの幼馴染。
その上性別は男。
何の因果で今更こんなことをされなければならないのか。
ズキズキ痛む頭よりも今の俺の状況のほうが寄り一層痛かった。
これ以上何かに巻き込まれるまいと俺は足早に家路を急いだ。
早く家に帰って、シャワーでも浴びて気分を入れ替えよう。
明日も朝練がある。
体を休めないと!
そう、心の中で念じていたというのに。
突然のスコール。
陸橋下で雨宿りをする羽目になった━━━━━━━。
天に見放されてる気がする。
いや、気がするんじゃなくて見放してるだろ!!と実際目の前にいたら襟首掴んで締め上げてるところだ。
それなのに隣の奴はのんきなことを言ってやがる。
「雨宿りなんてなんかわくわくする。」
「脳みそはでっかくなってもかわんね〜な。」
嫌味たっぷりに言ってみても裕樹には通じてないようだった。
「英明だって変わんないよ。俺にいちいち付き合うのなんて英明ぐらいだし。」
さすがの俺もそろそろ限界が来てる気がしなくもないけどな。
心で思っても、口には出さなかったが。
気温は高いが夜で雨が降っている所為で肌寒く、微妙に濡れた衣服のままでは風邪を引いてしまうかもしれない。
濡れても家に帰って風呂に入った方がいいかと隣にいるやつを見れば両手で腕を抱えるようにしてうずくまっている。
寒さの所為ばかりではなく震えているようだった。
「裕樹、どうした!?」
とっさに触れた肩はひんやりと冷たくて体温の低下を物語っていた。
「何でもないよ、大丈夫。」
「お前、まさかまだ・・・。」
手提げバックのなかからスポーツタオルを取りだして、上からかぶせてやる。
「汗くせーかもしんねぇけどないよりはましだろ。」
「ありがとう、・・・うん、英明のにおいだ。」
「キショイこと言ってんなよ、今タクシー捕まえてきてやる。」
携帯は何でか電波がたってなくて宝の持ち腐れと化していた。
仕方なく陸橋の横の崖を駆け上がって、柵を乗り越えて道路に身を躍らせる。
視界の悪い中えり好みをしてる暇はないので大きく手を振って停止を促してみたが、クランクションを鳴らされるだけで止まってくれる車がなかった。
シャツを脱いではためかせれば何台目かの後に漸く一台減速してくれた。
「どうしたんだ、危ないだろう?!子供の遊びにしては度が過ぎる。」
「病人がいるんだ、病院へ行きたい乗せてくれ。」
ただならぬ切羽詰った雰囲気を感じてくれたのか、助手席の男はうなずいて運転席の男に声をかけた。
「おい、傘もち。」
「え、俺も行くの?」
「当然だ、俺が濡れないようにしっかり傘持ちしろよ。」
物好きなやつだとかイロイロ文句を吐き出しつつ、運転手もリアシートから傘を出して来る。
「こっちだ。」
もと来た道を戻る。
柵を蹴あがって土手の坂をすべるように降りる。
「・・・・こっちだって・・・・・道じゃねぇし。」
「ぶつぶつ言ってないで行くぞ。」
いいざま身軽な動作で英明と同じように飛び越える。
片手に傘を持ったままで。