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Nonsense!

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髪先をなでるさわやかな風と空の蒼さが初夏を感じさせる季節。
 帰宅途中で奴に会った。
 別々の学校に行っていても家が近所で帰りが一緒になることも珍しくない。
 そいつは二つ上の幼馴染。


 裕樹は俗に言う受験生というやつで有名進学校に通う所為か、俺が部活をした後でもよく帰りのバスで顔を合わせる。
 親の言われるままに有名大学を目指すらしい。
 俺の親は端から期待していないらしいから近くの公立で落ち着いた。
 おかげで好きなことをさせてもらってる。
 このまま行けばまぁ、推薦も取れるくらいにはなるだろう。
 

 「あれ、今帰りか?」
 日照時間が長いおかげで部活の練習時間も必然的に長くなる。
 それでも勉強だけの学校帰りにしては遅い時間だった。
 「うん、ちょっとね。」 
 この顔はアレだ、またいつものやつにちがいない。
 バス待ちのベンチで俺の隣に座る幼馴染が唐突に話し出した。
 「なぁ。俺また振られたみたいだ・・・」
 やっぱりか、と内心うんざりしていた。
 「・・・忙しい奴だな。」
 隣の男は受験生、色恋沙汰にうつつを抜かしてる場合ではないんじゃないのか。 
 「まぁ、これで受験に向けて準備ができてよかったんじゃねぇ?」
 裕樹の母さん泣いて喜ぶぜ、きっと。
 家に遊びに行くたびに嫌な顔をされていた昔を思い出す。
 「うん・・・・でもな、俺好きな奴ができた。」
 「はぁ?」
 話が飛びすぎて付いていけない。


 「お前な、その惚れっぽい所どうにかしたほうがいいっていつっつも言ってんだろ!」
 俺はこの手の話をもう何十回も聞いていたのでいい加減食傷気味だった。 
 思わず、激昂してしまうのも無理ないだろ。
 「だってさ、すっごく素敵なんだよ?」
 「そういう問題じゃねぇ。」
 俺はそれ以上聞く耳持たないとかばんの中から小遣いをためて買ったipodを取り出して外界を遮断する。
 気安い仲のためか、そういった態度に出ても裕樹は気にもせず話し出した。
 「大人ですっごくやさしくて・・・スーツ姿が似合ってて。タバコ姿も様になってるっていうか・・・。」
 その相手との出会いから現在に至るまでの経緯をつらつらと。


 俺はといえば何だかんだで聞かない振りをしてはいたが、聞き捨てならない言葉を拾ってしまった。
 「ちょっとまてよ、今度の相手は年上なのか?何処のババァだ。」
 俺だって若くて綺麗なお姉さんは好きだ。
 しかしこいつの口ぶりではお姉さんと呼べる歳なのか微妙だった。
 「うん。年上、でもお姉さんじゃない。」
 「なっ!?いくらなんでも子持ちとか言わないよな?」
 うら若き青少年が不倫とかこぶつきとか、常識とまでは行かなくても考えればわかることだろう。
 上手く行くわけないじゃないか。
 そんなことが解らないほどバカじゃないはずだと思いたい。
 「う〜ん結婚はしてないみたいだけど、子供がいるかどうかはわからないな〜モテそうだし。」
 「やめとけって、そんなの。モテそうだとかそんなことはどうでもいい、要はお前につりあうかどうかだろ!」
 「そうだよね・・・・つりあわないよね。俺綺麗じゃないし。」
 大げさにため息をついて落ち込んでる姿を見ると仏心が出てきてしまう。


 堪えろ俺。
 何度もこいつのいざこざに巻き込まれて面倒な思いをしただろ。
 いくら心優しい俺でもそう何度も付き合わされては身が持たない。
 何度元彼女の逆恨みを買って痛い目をみたか。
 もう女はこりごりだっつーの。
 

 「スカートぐらいは履けると思うんだけど、化粧だって覚えればそれなりだと思う。いっそのこと手術でも受ければ・・・・。」
 「ちょっとまて!!」
 自分の世界に浸って嘆くのはかまわないが、なんだか台詞が奇妙だぞ?
 振られて自暴自棄になって精神世界へ行っちまったとか?
 ごくりとのどを鳴らして聞いてみた。
 「おい、お前のその好きな奴って・・・女が好きなのか?」
 いわゆるレズビアンとか公言したとか。
 もしそうなら、それはいわゆる体よく振られてるんじゃないのか。
 イロイロな想像が頭をめぐり、部活の心地よい疲れとは程遠い虚脱感を生んでいた。
 「もちろん、だってノーマルな人だと思うし。」
 ノーマル・・・・?
 「女が女を好きで何処がノーマルなんだ!!」
 完璧に裕樹の精神は逝っちゃってるに違いないと本気で俺は焦った。
 


 しかし。
 



 「何言ってんだよ、英さんは男の人だよ。」
 鼓膜を通って、脳髄に伝わり、前頭葉を経由し、海馬が常識か非常識か判断するまで、俺は金縛りに会ったように動けなかった。
 放心状態というのはこういうことだろうか。
 

 バスが漸く来て。
 ドアが開いて。
 またドアが閉じて。


 排気ガスに咳き込むのも忘れて茫然自失。
 そんな俺に小首をかしげてとぼけたようにつぶやいた。
 「あれ、英明乗んなくていいの?」
 今の最終だよね? 
 はっ、と漸く戻ってきた意識を総動員して叫んだ。




 「何言ってんだよ、はこっちの台詞だーーーーー!」 
 



 寂れた駅前のバスターミナルに響く叫びは酔っ払いのサラリーマンたちを酔いから醒ますのに一役買っていた。
 












 結局バスに乗り遅れた俺たちは歩いて家に帰ることにした。
 お互いの親に迎えに来てもらうほどガキではないし、タクシーを使うほど裕福でもなかったので。
 所要時間1時間半。
 その道すがら延々と好きな奴の話で勝手に盛り上がる裕樹にウンザリしていたのでひたすら音楽の世界へ逃げる。
 鼓膜が脳をしびれさせて脳髄を麻痺させるほどに大音量で。



 ふと、隣の大バカヤロウが腕を引き、何かを訴える。
 視線だけでにらみつければ無邪気に笑い、また話を始める。
 河川敷の土手を陸橋の明かりを頼りに進む。
 踏み均された土からたくましく雑草が生えていた。
 そういえば、昔から裕樹はなんでもないところでこけたりするので、小さいころは俺が手を引いて歩いていたんだっけ。
 左腕に掛かる重みを改めて意識した。
 一旦止まり、裕樹の手のひらを握ってまた歩き出した。
 「今日だけだからな。」
 イヤフォンをしているおかげでことのほか大声になったのか、裕樹は驚いた顔をしてからまた、笑った。
 「うん。」



 こうして並んで歩くのにも何でか制約が付くようで今まで避けていた気がする。
 お互い中身はあんまり変わっちゃ居ないのに。
 どうしてだろう。
 何でそんな事を考えるのか自分でも不思議だった。
 「英明、アレ見て!」
 つながった手を引かれて、逆の手で指差された先には小さな点が浮いていた。
 「うわー、俺何年ぶりだろ。英明と一緒に小さいころ見たきりだよね?」
 「そうだっけか?」
 イヤフォンを外して音楽を止めると、陸橋を横断する車のエンジン音と河川のせせらぎ。
 

 ━━━パァン!!


 不意にこだまする火薬の音。
 早めの花火に興じてる連中が居るんだろう。
 それに顕著に反応してお約束のように裕樹はバランスを崩して、必然的に俺も巻き込まれた。
 「うわっ!」
作品名:Nonsense! 作家名:藤重