Awtew.2 (e-r) 1
10
「……セキ?」
扉の向こう、無数に散乱した『僕の絵』の中、歩香はペンを止まらせ、僕を見る。
自然に、僕は前へと進んでいた。
くしゃり、靴の下には、僕の絵が笑っていた。
遅いぞ、と。
突き動かされた。
動けと僕が叫んだ。
彼女を抱きしめろと心が叫んだ。
何がなんだか分からない。混乱と絶叫とが心の中で渦巻く。
ただ分かるのは――今、彼女を手放してはいけない、それだけ。
「――なんで、ここに……」
ゆっくりと、歩香を見つめながら、歩く。
「いや……、だめ」
何が、だめなんだ。
「お願い、……こないでっ」
何で行っちゃだめなんだ。
「これじゃあ、無駄に、今までが……」
何が、無駄になるんだ?
疑問が湧き出るように僕を襲う。
怖い。
そう、知るのが怖い。
確かでないものを知るのが怖い。
人を知るのが怖い。
真実を知るのが怖い。
無知でもいい。
そう、思っていた。
だけど、彼女を、この胸に抱くには、その怖さは邪魔だった。
静かに歩く。彼女に近づく。
そして、歩香を、初めて会ったときのように、抱きしめた。
「…………っ! …………っ!」
言葉にならない小さい叫びが、僕の耳に届く。
「そんなっ! やだぁっ!」
泪と一緒に流れる拒絶の言葉。それでも、僕は彼女を離さない。
「アいたくなかったのに! 何で来るのっ?!」
歩香が叫んだ。僕は抱きしめる力を強くする。
歩香はガスッガスッと僕の背中をスケッチブックの角で叩く。でも、痛みよりも、彼女を抱けた嬉しさが心を支配している。
そして、僕は、訊いた。
「じゃあ、なんで、――僕を描いてるんだ?」
核心を突く質問。歩香の攻撃が収まる。
うだなれるように歩香はそのまま、僕の胸に額を当てた。
「……忘れたくなかったから」
「どうして?」
「――そんなに理由が欲しいの?」
絵を描く理由を聞いたときの、あのセリフ。もちろん、僕は、こう答える。
「うん、教えて、欲しい」
長い沈黙。いや、実際には数秒のことかもしれない。だけど、待つという苦しみがこんなに長いとは、思わなかった。
「忘れたくなかったのは……その」
やっとのことで口を開き、言いかけて口ごもる歩香。
僕は、その言葉を待てなかった。
「僕は、会いたかった」
「――え」
「君に、会いたかった」
――決壊する心。
作品名:Awtew.2 (e-r) 1 作家名:犬ガオ