Awtew.2 (e-r) 1
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「夕、そんな暗い顔を病人に見せるな。こっちまで暗くなっちまうだろうが」
茜色の夕方、親父は両足を吊られながら、僕に不機嫌そうに言った。
「暗い顔なんてしてないよ」
そう振舞っているんだから、と心の中で付け足す。
「どこがだ。思いっきり暗いだろうが」
フン、と鼻を鳴らし、親父は隣の棚のリンゴを持つ。
「暗くないって」
「親を舐めるなよ、ガキが」
「……親父、ガキって言うのやめてくれない?」
「ガキはガキだろう。感情がはっきりと表に出る顔で、誰が大人といえるか馬鹿」
親父はそう言って蜜入りリンゴを丸齧りする。
尤もな正論。だけど、見透かされている感じがとても嫌だった。
「……もう帰るよ」
僕はパイプ椅子から立ち、病室から出ようとする。
「大方、女にふられたんだろ」
親父が呟く。僕はその言葉を聴いて、ギリリ、と唇をかみ締めた。殴りそうになる右手を押さえて。
「……じゃあ、また明日」
静かにドアを開き、そして、閉めた。
消毒液と生の渇望が染み付いた廊下を、とぼとぼ歩く。あの時のことを考えれば考えるほど、足取りは重くなっていく。
そして、歩香がいる棟への渡り廊下が見えた。足は自然にそちらに行こうとする。それを、あの時働かなかった無駄な理性で抑止して、帰り道の方へ動かす。
すると、前には白衣を着た女性が立っていた。地毛に見える金髪のショートヘアが印象的な女性。胸ポケットには医師であることを表すプレートをつけていた。
「あなた、西倉夕君ね?」
「はい、そうですけど……貴女は?」
「私は世良木歩香の補佐医の寺島・絢・ウィッテン(テラジマ・アヤ・ウィッテン)よ」
プレートを指差しながら、女性は近づいてくる。
「何か、用ですか?」
僕は身構えながら、歩香の補佐医だという寺島さんに質問する。
「あなた、何故、歩香の部屋に来ないの?」
寺島さんは単刀直入に訊いてきた。
「そ、それは、貴女に関係ないでしょう?」
まるで、僕が歩香に会っていないとおかしいというような発言。
「それに、来るなといったのは、歩香です」
「そう? でも、あなた、――歩香が今どうなっているか、知ってるの?」
今の、歩香?
「歩香の現状を聞いていなかったら、さすがの私でも君に接触しようなんで思わなかったわよ」
何が、起きているんだ?
「歩香の、現状?」
歩香に、何が?
作品名:Awtew.2 (e-r) 1 作家名:犬ガオ