Awtew.2 (e-r) 1
そろり、そろりと足音を立てないように近づく。そして、歩香の顔を覗く。
やっぱりと言うか、寝ていた。
寝相が良いのか、身体を真っ直ぐにして上を向き、すうすうと息を吸いながら寝ていた。
可愛いのは当たり前で、むしろ、何か意地悪をしたくなるような魅惑の顔だ。
何か(いじめれるものは)ないかな……と周りを見る。抜き足差し足忍び足。ミニキッチンまで慎重に歩く。
冷蔵庫の中には、蜜柑が数個入っていた。……これでいいか。それを一個取り出し、また慎重に戻る。
そして、僕は、その冷たーい蜜柑を、歩香の額の上に、『投下』した。一、二、さ
「はひゃうっ!?」
冷気に当てられた歩香が飛び起きる。蜜柑はごろごろとベッドの上を転がる。さっきの声はかなり笑えるぞ。ボイスレコーダーに録っておくべきだった……。ちょっと後悔。
身体をくの字に曲げながら、必死で笑いを堪える僕に、突然、悪寒が走る。
――――――殺気だ。今、僕は現代じゃなかなか感じられない殺気というものを感じている。
「……やぁ。おはよう、歩香」
「……おはようございます。セキ君」
ニコリ、歩香が、いや、歩香さん、いやいや、歩香様が微笑む。僕は本能的に後ろに数歩下がった。
「何で逃げるんですか? ちょっとこっちに来てくださいな」
ちょいちょいと歩香は手で招く。
ど、どうすれば……。
1・素直に歩香のそばに行く。
2・「これも歩行訓練の一つだっ! 追いついてみなされっ!」と言って逃げ出す。
3・そのまま座って何事も無かったかのように梨を剥く。
出来るだけ1は避けたい。というか、アレは人の出す殺気じゃない。ほら、口調も変わってるし――丁寧なのが逆に怖いわけでっ。
だとすれば、2か3だ。
……はっ! なんていうことだ、3は構造的欠陥を持っている!
剥いた梨を一人で食う訳にはいかない。となると、渡すときに歩香に近づくタイミングが発生してしまう!
それだけは、なんとしてでも避けなければ……。
と言うことで、
「これも歩行訓練の一つだっ! 追いついてみなされっ!」
逃げた。
「あ、ズルイッ!」
僕は部屋から走り出る。そして、ドアのあった壁に背中を預ける。歩香は歩行補助具を使うんだから、少し待たないと。
しかし、歩香は、部屋から出なかった。
ドアから、歩香を覗く。
作品名:Awtew.2 (e-r) 1 作家名:犬ガオ