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陽炎稲妻水の月

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「顔色が悪いね」
「貴方の所為でしょう」
 少女は最初から青ざめていた。
 不安なのだろう。闇と戦い続けること、このまま闇の中で生き続けなければいけないことが。何も分からぬまま、夜が深くなることが。

 『最後には、私の命をあげる』。
 二人で夜を廻るのは、偶然始まったことではなかった。
 きっと彼女は僕達の繋がりを理解していない。同等の相方だと思っているだろう。あるいは監視、あるいは僕の立場が上だと。
 実際はその逆だ。彼女が僕に従っているのではなく、僕が彼女に仕えている。
「何か、考えている?」
 彼女は少しだけ困ったように目を伏せた。理由無く心が揺れ動くことに戸惑いを覚えていた。
「…いいえ。何も」
 そうして口を閉ざす。僕だけが更々と喋って。
 彼女が何も言わなくとも、僕は全部知っていた。記憶は彼女の魂の欠片とともに少しずつ体内に蓄積し、それと比例して彼女は少しずつ忘れていく。
 彼女自身も気付いていないだろう。
 否、忘れてしまったというのが正しいか。


 これは契約という名の願い。僕がここにいて、彼女がこうして生きることが彼女の望みだった。
 『だから、最後まで“今の”私に従って』。
 目の前の少女はあの頃とまるで違う。泣きそうだった表情は消え、その代わり無邪気な笑顔も見られなくなった。斬れば斬る程に鮮やかな色が薄れて、限りなく白に近づいていく。
 それが哀しくも嬉しい。何故ならば、白を最も濁らせるのが黒だからだ。

 彼女の求めている答えは、僕が全て持っている。
 僕の正体も、彼女の未来も。戦いの結末も。
 全て、全て、全て。


「また、闇が鳴いてる」
 虚空を見上げ、平坦な言葉が吐き出される。
 僕は耳を澄ました。人間には聞き取れない慟哭を聞く。薄く笑いながら、彼女の共鳴に同意する。
「じゃあ、次の場所に向かおうか、『唯』」

 確かなのは名前。その文字が表すように唯一の持ち物。
 その名を呼ぶ瞬間だけ、彼女の瞳には強い色が戻る。
作品名:陽炎稲妻水の月 作家名:篠宮あさと