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陽炎稲妻水の月

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 本当の事は何も言わず、ただ彼女の傍に。

 君が忘れてしまった賭も、僕は最後まで記憶に刻んでおこう。たとえ契りで繋がった浅はかな糸でも、それがどれだけ不安定で刹那的な存在だとしても、僕にとっては最後の確かな糸だから。

 だから最期の瞬間、君が命を投げ出す瞬間、僕は今まで奪ってきたものの全てを返そう。
 僕は充分生きた。君のお陰で充分永らえた。
 きっと君は泣いて嫌がるだろうけど、君が目を背けたものは全て必要なものだから。
 死ぬことを願った君には、それ以上の罰を。

 それに気がつくまでは、君も僕も愚かなままでいい。
 そして僕だけは、最後まで愚かなままで。

「久遠」
 時折思い出したように僕の名を呼ぶ。
 だから僕も同じ数だけ、彼女の名前を返す。



 今はそれだけで充分だった。


作品名:陽炎稲妻水の月 作家名:篠宮あさと