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超自伝 明智光秀

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私が流浪の時代に諸国を歩き、いろんな人々や自然から学んだことは、支配するものがいなければ、人々は自然にみんなと助け合い、平等に、そして自由にのびのびと生きていけるということだった。人々の上に立つものは、本来、人々を支配するのではなく、人々に共通に必要なものごとに専従して働くように人々から依嘱されるだけもので、あるべきだ。これが自然の姿であろう。しかるに、民と依嘱専従者の関係が民と支配者となり、関係が逆転してしまったのだ。
 流浪の果てに、私は朝倉義景の世話になり、足利義昭との縁ができた。この時に、義昭に協力して将軍家を再興し、足利幕府の力を復活させ、朝廷の力を復活させて、日本に平和をもたらせたらどんなにいいかと想った。
 これを実現するには、京都に近く、義昭を擁して上洛して、将軍につけるだけの力を持つ戦国大名が必要だった。それは、私が仕えた義景ではなく、信長だった。
 そして義昭は将軍になった。私は、義昭と信長の間を取り持ち、二人への二重の家来として働いた。義昭には、よい為政者になってもらい、戦乱の世を治めてもらいたかったので、言い尽くせないほどの奉仕活動をしてきた。しかし、彼は将軍になるのが目的であり、なってしまうと、ただの支配者でしかなかった。
 一方、信長が悪知恵的な能力を発揮して、しかも、運にも恵まれて、その勢力圏を拡大していった。将軍との関係を絶って、信長に仕えた理由は、義昭の身勝手さにあった。彼が支配者になっても、現状の異常な事態を収める力も知恵も人望もなく、なにも変化しないと想ったからだった。信長は、性格が短気で、時々異常な行動もする田舎者という感じであったが、現状に満足せず、つねに新しいものに挑戦し、国の経営にも意を用いる男に見えた。

 諸国漫遊で身に付けた私の才能に、信長は興味をしめし、また、城持ちではなかったことから、下克上で自分を倒すこともない人間として、安心して、私を傭兵にしたのだろう。私は、信長が、その力をもって六十六ヵ国を平定して、新しい将軍となり、朝廷の意向を拝して日本に本来の平和をもたらせる、たったひとりの男だと想い、彼に仕えたのだった。
 そんな想いがあるから、信長が時に示した短慮からかと見えた非情な振る舞いにも、私は眼をつぶってきた。しかし、それは増長の一途をたどっており、もはや許されるものではなくなっている。信長は、父の教育方針によって、生まれてまもなく母から離されたと聞く。彼はどうやら、生まれついての母親への執着があったので、父のこの配慮は、人間信長をつくらず、鬼心の人間をつくるという、実は逆の効果になってしまったと、私は今にして想う。

 人間には先天的な悪人はいないと想う。信長は母の愛情を知らないで、母の愛情を求め続けた、気の毒な男だと想う。彼の心の底に沈んでいるのは、安心して懐にいられるはずだった母に裏切られたことから発した、何者にも気を許さないという強烈な猜疑心であろう。しかし、似た境遇の人たちがすべてそうなるのではないから、このことは信長本人の責任に帰されるべきものだと想う。
 信長の人生を考えてみると、彼はこの猜疑心によって何回も運良く危機を脱しているのだ。この猜疑心が実は、彼にその能力を開花させいているのであって、もしも、この猜疑心が発していなかったら、信長は今の地位にはいないかもしれない。そして、この猜疑心は信長の業績が認められたとしても、その後に大きな禍根を残すだろう。その理由は、彼は猜疑心によって、自分勝手な想いで、相手が自分を亡き者にしようとしたと感じたら、徹底的に残酷な方法で相手を殺しているからだ。これは、私怨による殺人であり、自然が認めるものではないし、それらの人々からの恨みの念も世に渦巻くことだろう。
 戦乱を収める能力は、彼の家臣、傭兵、同盟者の力もあって、ついに、中国地方と四国地方の平定によって、六十六ヵ国の平定に近付いているのは、まことに喜ばしく、その偉業の実現に、私も頑張るのにやぶさかではなかったのだ。しかし、今、私の中には、信長の無限に膨らむ支配欲と底知れぬ猜疑心による殺人行為の拡大に、恐怖を感じていると同時に、信長がここに至ったことへの責任の一端を自分が担っていることに震えた。

 最初の頃の信長は、いろんな意味で好きでもない私を、煽てて重宝に使っていた。しかし、私の進言に異常な反応を示してくるようになったのは何時頃からだろうか。私の言葉が彼を刺激し、彼の本性を曝け出させるようになってきたのだ。信長と私の波動は決して心地よく反応するものではなかったのだろう。常に信長を恐れ崇めさせられている大小名には、そんな反応はなかった。考えてみれば、信長に媚びているものたちは、みんな自分の私利私欲を、信長を通して満たしていたから、同じ波動を発しており、どちらも気持がよかったのだろう。しかし、すべての人たちがそうだったということではない。

 私が傍にいることが信長を刺激している!

 ここで、私は、自分の内部からの何かの囁きが聞えたような気がした。そうだ。今のままではいつか信長へのお前の一刺しで、お前が消されてしまうぞ。そうなれば、信長とその崇拝者たちによって、全国平定がなされ、権力による政治が再び始まるぞ。それは、お前が目標にした真の平和な日本ではないぞ。お前は真の平和を実現する仕事を完成しなければならない。そこで、お前が何をするかは、自分でよく考えてみろ。」

 私は想った。
  
 「明日の朝には坂本城から、丹波亀山城に出立しなければならない。どうしろというのか。信長と二人で密室の対話を最期にしたのは、あの親子対面の準備の時だった。あの日、私が信長に進言したことは、ことごとく蹴られた。揚句、私が言った"上様ほどの方が"という言葉に逆上したかのように、信長は言ったものだ。いや、信長は意識しないで、本音を言わされてしまったのだろう。"何を言うか、俺は今に天皇を凌ぎ、生き神さまとして世に君臨してやる。俺の前ではみんな虫けらみたいなものだ。こんなちっぽけな国の支配者で満足するものか。必ず、世界を制覇してみせる。"と。
 私は、この言葉に震えた。そして、私の"日本の平和の達成"という目標と、信長の"殺戮による天下の支配と領地の拡大への野望で人々を戦乱に巻き込んでいくこと"は正反対のことだ。世の平和達成には、この狂気の男をのさばらせておいてはならない!と言う想いがひしひしとやってきたものだ。あの時、私の前で曝け出されたあの本音が、この正月の"生き神さま"になって現れたのだった。誰も信長の本心は知らず、拝んでいた。恐ろしいことだった。このままいくと、大変なことになる。

 信長を亡き者にするとしても、その後、信長は私を居間に呼ぶことはなく、信長を亡き者にすることは、言うのは易く実行するのは、とても大変なことだ。
作品名:超自伝 明智光秀 作家名:芝田康彦