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満月ロード

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 疲れた体をいやすため、身体を仰向けにして背中を芝生に預けた。その瞬間、背中に鈍痛が走る。

「いっ…たぁ」
 
 反射的に身体を起こし、芝生を見る。しかし何か鋭利なものがあるわけでもない、フサフサな芝生だ。
 何がそんなに痛みを走らせたのだろうと、周りを見てみるが、何もない野原だ。
 先ほどの戦いで傷を負ったと考えてみれば、魔術者と戦っているときも、別に攻撃を受けた感覚がない。そう考えていると、最初に戦った大男の大剣を受けた時、放り投げられたのを思い出した。
 あぁも簡単に投げられるものなのかと、少しだけパニックに陥っていたが、その時に背中から木々に体当たりしてしまった。その時の傷だろう。

「さいあく…シェイルに無事って言っちゃった」
 
 嘘をつくつもりはなかったが、罪悪感。
 背中をかばうように、うつ伏せになった。すると、遠くのほうから一体の気配がある。
 この気配を俺は知っている。

「アマシュリか…?」
 
 ぼそりと呟き、こちらに向かってきている気配のほうに顔を向けた。すると、飛ぶのが得意ではない、緑色の髪をした幼い顔つきの男が走ってきていた。
 アマシュリだ。誰かを探すように、キョロキョロしているが、何かあったのだろうか。
 立ち上がりアマシュリのほうに向かって足を進める。

「アマシュリ?」
「あっ…」
 
 声をかけると、ようやく俺に気づきにっこりほほ笑んで足を速めていた。
 近寄ると、小声で怒鳴ってくる。

「魔王! おひとりで何をしているんですか! さっきだってここらの地域で争いがあったみたいですし!」
 
 魔王だとあまり周りにばれてはいけないと気付いたから小声なのだろうが、周りに魔物や人はいない。しかし、外ではアマシュリは気をつけている。“魔王”という単語を、できるだけ使わないように。
 
「あーほらっアマシュリを探して」
「そんな名目いりません。本題はなんですか?」
「ここらの地域が最近奇襲をくらってるということで潰しに来ました…」
「やっぱり」
「それより、誰か探してたんじゃないのか?」
「あなたを探してたんです! まったく…シェイルから連絡が入って、さっさと合流して連れ戻してくださいなんてあの人に言われたら、そうせざるを得ないじゃないですか」
「シェイルからぁ? 俺は自分で探すって言ったんだぞ!」
 
 心配してだろうが、なんだか裏切られた気分。
 確かに魔王が魔王の間にいないのはまずいのだろうが、ずっとあそこに閉じこもっているだなんて、無理。つらい。
 
「でしたら連絡ください。いる場所くらいはお伝えできます」
「それじゃあドキドキ感が味わえないじゃないか」
「いりません! って…怪我してるじゃないですか! 暫く監禁されますね。シェイルに」
「うっ…。治ってから帰るもん」
「治ってからって…。ちょっと冗談だったんですけど、もしかして…いや、確かに今まで見たことないかも…」
「なんだよ?」
 
 ぶつくさ言うアマシュリを、じーっと見つめる。
 言うことはなんとなくわかっている。

「もしかして、治癒魔法…得意じゃないのですか?」
「……。そういうのは今までヴィンスに任せてたもん」
「ヴィンスは庭師でしょう。確かに、利用できる者はしておいたほうが良いですが、きちんと治癒専門の魔物をつけたほうが良いんじゃないですか?」
「んー。考えておく」
「というより、治癒魔法、覚えてくださいよ」
「うるちゃいなぁ」
「可愛こぶらない!」
 
 アマシュリと二人っきりで会うと、こうなることは分かっていた。
 シェイル並みに口うるさい。が、シェイルがいる魔王の間では大人しい。だからこそ、二人っきりいになると、シェイルがいるときの分までしゃべる。なので、シェイルに叱られた後、アマシュリにも叱られること多々。

「ほらっ早く上着脱いでください! 手当はできますから」
「ぶー…」
「あ、後で文句言われるの嫌ですから言っておきますけど、怪我したのはシェイルに伝えておきました」
「えぁっちょっと! 言わないでよー」
「言いますよ。人間たちが決めた勇者を潰したという報告もしておきました」
「は? 勇者?」
 
 手当て中、いきなりわけのわからないことを言い出すアマシュリに、首をかしげて振り向く。
 新たな情報だ。
 勇者というのは、よくゲームをしていると「魔王を倒すため、勇者が立ち上がった!」とかっていう場面や、「あなたは勇者だ! 是非魔王を…」という場面に遭遇する。人間が作ったゲームは、だいたい人間が主役なため、魔王が魔王を倒している気分で、ちょっといたたまれない部分がある。
 アマシュリが言っているのは、その“勇者”なのだろうか。

「はい。最近ですが、人間全国の中から“勇者”という魔王討伐を目的とした人を出し、仲間を集め、数人…数十人を連れて魔物の領域に向かうっていう話です」
「へぇ、その勇者が潰されたのか?」
「はい。先ほどあそこの地域で」
「あれ? さっきの地域?」
「そうです。魔王様が戦ったあの団体は、勇者が築き上げた魔王討伐団体。あの中に勇者がいたのです」
「あー。じゃあ、また人間たちで勇者を祭り上げるかもしれない?」
「そうです。よくわかりましたね。あまりそういうのに頭を使われる方ではないと思っていましたが」
「んー。そうあってほしかったからかも」
「はい?」
 
 勇者がいたら魔物にとってはしつこく、邪魔な存在だ。それを、また勇者を立たせるかもしれないということに、“そうあってほしかった”なんていえば、素っ頓狂な声が出てもおかしくはない。
 今勇者がいないのであれば、勇者をまた選び出すだろう。アマシュリもそう言った。そこで考えたのは、人間のフリをして、自分が勇者になるようにし向けさせるのはどうかと考えた。
 実際どうやって勇者になるかはわからないが、何かの選手権だの、投票だの行うのだろう。人間が考えることだ。

「つまり、それに参加するつもりですか?」
 
 考えを伝えると、またややこしいことをお考えで。と言わんばかりに、いやな顔をされた。
 まぁ魔王が勇者という面白い事をしたら、どうなるのかという想像をしたら、楽しそうだった。
 もし、勇者の信頼が厚くなったのちに、「わたくし、魔物でしたー」なんて言ってみろ。勇者に決めた国の大恥だ。しかも、魔王だなんてばれたときには、恥を通り越して大馬鹿扱いだ。
 想像するとなんだか面白そうだ。

「魔王。尻尾。出てます。可愛いですけどしまってください。楽しんでいるのがバレバレですよ」
「あ。あはっ」
 
 呆れた顔でアマシュリがいうものだから、すぐにしまって笑って見せる。

「アマシュリ、人間にいい情報を持った者はいないのか?」
「…本当になるつもりですか?」
「まぁな。一応シェイルにも報告はするが、もし、人間に知り合いがいるのであれば、どうすれば勇者になれるのかを調べてほしいんだが」
「確認します。それは、魔王としての命令でしょうか?」
「いんや。お願いだ」
 
 
 
 
 
作品名:満月ロード 作家名:琴哉