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彼女はいつものシニカルな笑みを浮かべ

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 「……………………っ!?」
 
睡魔に殺される所だった。初夏とは言え朝はやや肌寒い。今日は太陽も隠れてるから尚更だ。そんな中、正門の見える位置にあるベンチに腰掛け船を漕いでいる酔狂物は、もう三十分以上醜態を全校生徒に晒し続けている。
まだ登校してきた生徒は3、40人と言った所だが…………その中に、彼女は居ない。目を閉じてしまっている内に来ていたのでは、とも考えたが腕時計を見ると五秒も経っていなかった。集中し過ぎて時間が遅い。もどかしさが俺の足を動かす。やがてその足も激しい縦揺れから緩やかな横揺れに変化して……また、思い出したように暴れ出す。
それから更に二十分が経った。人の姿も増え、一人ベンチに座っている俺に訝しげな視線が突き刺さるようになった。今気づいたが知り合いに会ったら何て言うつもりだ? ……いや、構わない。そんな事を気にするなら、彼女に何を伝えるのか。反復演習しておこう。
加えて十分。俺の頭は整理された。準備が出来ても主賓が来ない。お世辞にも楽しいとは言えないイベントだが避けては通れないのだ。だから俺はただジッと待つ。頑として待つ。生半可な歓待では、きっと届かないから。
始業のチャイムまで、五分。ほとんどの生徒は登校している時間だが、彼女の姿は見当たらない。朝から賑やかな校内の中央、ただ一つ世界に欠落した影を、みっともなく、探す。
チャイムが鳴った。

 「…………時間切れ、か」
 
待ち人来たらず。俺の手は掠りもしなかった。たった一つのピースを拾い上げる事すら出来ない、小さな手。
どうして、ただ、見ていたのだろう。
言いたい事が有ったはずなのに。
聞きたい事が有ったはずなのに。
知りたい事が有ったはずなのに。
――――近づき、たかったのに。
どうして今になってこんなに遠いのだろう。
虚しさを叩きつける物も無く。吐き出す場所も無く。
空しさを埋めてくれる物も無く。人も無く。
俺自身も、世界から抜け落ちていくような感覚がした。
急速に世界の色が失せていく。音も無く、風も吹かない、静寂の帳を打ち破る力は、何処にも無い。
堪らなく、切なかった。今更気づいたのだ。彼女に近づこうと思わずにいたのは、まさに抜け出せない迷路に迷い込んでいたからだった。