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ひとりかくれんぼ/完結

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7月8日 21:58(木)





 今日は、井坂サンのお見舞いに行ったあと、今井さんの家に寄ってから、家に帰った。
 あれからもう、どれだけ立つだろう。

 タイムリミットになり、いっこうに音沙汰のない隣の部屋に今井さんの命令で行ったのは明け方6時を過ぎていたと思う。朝日がさし、すっかり明るくなっていた。部屋の鍵は開いていて、すんなり入ることができた。
 そこに井坂サンのお兄さんがうつ伏せに倒れていた。隣には白い…白い袋と、それに突き刺さった包丁があった。私は思わず叫びそうになったが後ろからついてきた今井さんが、静かにゆっくりとお兄さんに近づき、揺すった。

「おい、井坂。井坂、起きろ。ばかやろう」

 死んでいるのではないか、と思った。でも、お兄さんはピク、ピクと微かに動いた。
 生きてる、と安心したのも束の間、奥の部屋、ドアを隔てて向こう側から高い笑い声が聞こえた。

「なに?起きろ、井坂」
「せ、なか…」
「背中?いいから起きてよ後ろの部屋になにかいますよ起きろ」

 お兄さんはゆっくりと起き上がる。
 しかし、笑い声は止まらない。

「いま…い…?」
「おめでとうって言いたいとこだけど、後ろの部屋。後ろの部屋が無事じゃない見てこい」
「え…?俺、失敗…俺、宣言する前に、背中…」
「いーから行けって言ってんだろ!怖いから!あれ!」

 部屋の明かりがついたり、消えたりしている。笑い声が聞こえる。けたたましい、物音も。
 井坂さんは、背中をさすって首をかしげている。背中をどうにか、したのだろうか。井坂さんは少し様子をうかがって、そうして慎重に部屋のドアを開けた。
 そこには、


けけけけkけてええええあけけっけけっけっけっけっけっけけけけけけけけけけけけあけけてあけてあけあけあああけてええけけあけあけあけけけ


 黒い髪を振り乱し、口から涎を垂れ流し、狂ったように笑う井坂サンがいた。
 部屋は凄惨な様子、そこには…あまり思い出したくない、水や、汚物や…いろいろな…。


「なな…?」


 お兄さんは、かすれたような声を出して、ゆっくりと井坂サンに近づいた。井坂サンはお兄さんを見るなり、今度は、イヤーッ!イヤアアアアッ!と甲高い声をあげて、後ずさる。


「なな…なな…ごめんっ…!」

 
 逃げる井坂サンをお兄さんが捕まえて、抱きしめる。お兄さんは、静かに静かに背中を震わせていた。お兄さんに抱きしめられた井坂さんは、奇声を放って、お兄さんから逃げようとした。
 それでも、お兄さんは井坂サンを抱きしめたまま、静かに泣いていた。

 お兄さんの話によると、お兄さんは一度強制終了をし損ねて、チコに…サチに背中を刺されたらしい。それでも負けじと強制終了の言葉を放ち、強制終了に成功し、そして、気を失ったようだった。
 そして、目が覚めたら背中は無事。刺された痕跡もない。そのかわり、その隣には白い袋…合格祈願と書かれた白い袋に包丁が刺さった状態であった。

 それはお兄さんに今井さんが冗談で渡したものらしいが、今井さんが気になってそれをくれた人…今井さんの祖母にあたる人に話を聞くと、霊感が強い今井さんを心配しておばあさんが用意してくれた魔除けのお守りらしい。ただし、今井さん自身がそういう類を持ちたがらないタイプなので、合格祈願の袋に差し替えて持たせておいたということだった。そのお守りが、井坂さんの身代わりをしてくれたんじゃないかと、お兄さんは話していた。今井さんは気に入らなそうにしていた。


 井坂サンは、おかしくなってしまった。
 学校を辞め、病院に入院している状態になり、ほとんど…ほとんど、まともな言葉を話さなくなってしまった。お兄さんと、ご両親の間で井坂サンのことについてどのようなやり取りがあったかはわからない。けれど、お兄さんは今まで惨事の起こった301号室に住み続け、定期的に実家に帰る生活を送っていた。大学も続けているけれど、今井さん曰く、あまり来てはいないらしい。

 長瀬祥子は、その日の晩からいなくなってしまった。
 サチは、割と素行の悪いタイプで、最近知ったけれど、家に帰らない日も多々あり、家族は特に心配していなかったようだ。それでも学校側がいつまでも登校しない日が続いたサチを不審に思い、家族に通告。そして、サチが消えてから11日後、K県F市の女子高生がいなくなる、というニュースが報道された。私も事情聴取を受けたけれど、今井さんの言うとおりに、知らぬ、存ぜぬを貫き、5月26日は、元彼である今井さんの家にいた。そういうことになっていて、今井さんもそう証言してくれた。

 お兄さんは、私を責めなかった。
 決して、起こったり、私の前で泣いたり、しなかった。罪悪感で死にそうだった。今井さんには、死ね、と言われたけれど、いっそそう言ってくれた方がいいのに、と泣いたら、死んで欲しいくらい迷惑だけど、どうせ死ぬなら井坂と俺のためになることを罪滅ぼしだと思って一生してから死ねよ、とも言われた。それを聞いたお兄さんも、じゃあ俺たちの飯を作るといいよ、なんていうものだから、私はまた泣いてしまった。
 犯した罪は、償わなければならない。こんなことで償えるものではないけれど、できることからしてくれればいいとお兄さんが言ってくれた。


 そうして、それからほとんど毎日。
 学校が終わると、井坂サンの病院にお見舞いにいき、そうして、今度は今井さんの家に行って夕飯を作った。できるところから、はじめなければならなかった。そんな日々を過ごしていた。



「…あれ?ただいまー?」

 22時を回ったくらいに家に着くも、家の玄関の電気がついていない。いつもならついているのに。おかしいな、留守?そう思いつつ、扉に手をかけるも、簡単に開いてしまう。鍵、開いてるし。物騒だなー。
 そう思いつつ、家に上がり、ドアを閉めた。しかし


「あれ…?」


 電気がつかない。パチン、パチンと何度も付けてみるけれど、まったく付かない。おかしいな、と、靴を脱いだその先、靴下にじんわりとしみこむ水。


「え?」


 足元に広がる、水たまりがある。これはなに?コレハナニ?
 問うよりも早く、その答えは、私の目玉が見つけた。



 赤い糸のまかれた、テディベア。








『あい、みいつけた』