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ひとりかくれんぼ/完結

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5月28日 04:21(金)





 トン、トントン…
 トントントン…

 あの音が、あの音がする…。反射的に身が縮こめた。怖い、怖い、怖い…。

「始まったみたいだな」

 部屋に帰ってからずっと黙り込んでいた今井さんが、突然、誰に言う風でもなさそうにノートパソコンに向かって呟いた。そうしてチラっと私の方を見る。目が合う。すぐに逸らされた。泣きたいような気分になる。

「怖いわけ?」
「…っ、あ、はい…」
「じゃあ帰れば?」
「え…」

 今井さんは私の方も見ず、冷たくそう言い放った。

「正直ここにいたって君にできることなくない?俺もやることないし、ひたすら迷惑被ってるだけ。偽善意識でいるだけなら帰ればって言ってんの。得することないから。大体当事者がのうのうとしてるの、見てるだけで俺はむかつくけどね。俺は部外者だけど、被害者でもあるから。君たちの」

 全くの正論。でもそれはひどく厳しく、突き放すような。ここに来てから数時間経って、ある程度今井さんの性格が…冷たい、とは感じていたけれど、そんな言い方…でも、そう思われても当然だった。厳しい言葉に泣きそうになるのを堪えて、頭を下げた。

「す、みません…っ、本当、すみませんっ…」
「……」

 しかし、謝った声と共に嗚咽が漏れた。それを聞いて、今井さんがまたチラリと私の方を見た。苦虫を噛み潰したような顔を見せて、再びノートパソコンに向かい合い、ちっ、と舌打ちをされる。

「…井坂妹が吐いてる嘘ってなんなの?2ちゃんの人が言ってたやつ。仮にそれが事実だとして、の話」

 急に話題が変わった。今井さんが気を使ってくれたのだろうか。今井さんは面倒そうに続ける。

「最初に事情聞いてた時から思ってたんだけど、嘘吐いてんのって君じゃないの。なんか隠してない?俺そーゆーこと勉強してる人だから、わかっちゃうワケ。今更隠さないでよね。人、死ぬかもしれないんだから」

 死、という単語。脅しに近い。
 嘘は、言ってなかった。でも、伝えてないことはある。あまり言いたくなかった。サチのことを悪く言いたくなかった。けれど…けれど。

「…ななみサンとは、別に友達じゃなかったんです。サチの知り合い…というか、あんまり…サチが、その…いじめてた子っていうか」
「なにそれ」
「い、いじめっていうか!なんか、ちょっとサチがななみサンに甘えてるような…も、持ちかけたのはサチですけど、ななみサンだって乗り気でした!」
「甘えって都合いい言葉だね。君いい子ちゃんなんだね。まあ、いいや。それで井坂妹とサチ?長瀬?は主従の関係にあってこと?俺が聞きたいのは井坂妹が吐いてる嘘なんだけど」

 ぐさぐさと突き刺さる言葉。ポロ、と目の端から涙が出たが、かまわずに今井さんの問いに答える。

「嘘は…ななみサンが、霊能力者だって、自称してて…く、暗かったんです、彼女。それで、友達とかもあんましいなくて…それで、オカルトとか好きで、だから自分で霊能力者だって…。それで、でも、本当はないって…そう、ななみサンもかくれんぼの途中で言ってて…!」
「高校生が……まあ、いいや。で、その中二病を利用したってことだな?長瀬が。まあある意味からかいだよね。井坂妹も強気に出たワケか。つーか、マジうけるんだけどさ、井坂が話す妹の話と全然違うな。これが嘘か?」

 今井さんは首を傾げた。しかし、井坂サンのお兄さんと話が違うって、どういうことだろう。私も、訳がわからないという風に首をかしげて見せると、今井さんは腕を組んで椅子に背を預けて話す。

「井坂兄は自覚なしのシスコンでな、妹のことをよく話すんだよ。シスコンフィルターかかってんだろって思って、そこそこに聞いてたけど、すごく明るくて聡明で友達も多くて、みたいなことを言ってた。嘘ってそれか?でも脈絡ないよな。そのIDからヒントないのかよ。コントロールFキーで検索かけろよ」
「ない、です…さっきから教えて欲しくて頼んでるんですけど…」

 言われた通りにするけれど、ID:pb9Td/ZwOはそれ以降発言がなかった。他のレスに散々なじられているせいかもしれないけれど。そのほかのレスは「実況しろ」だの「潜り込め」だの、無責任なことを言っている。そんな私の返事を聞くと、今井さんは盛大に息を吐いて、ノートパソコンを閉じ、その上に突っ伏した。

「はー…マジうっせえな隣。いい加減にしろよ…」

 ひっきりなしに隣から何かを叩くような音が聞こえている。でもそれよりも何よりも、今は、今井さんが怖かった。隣の部屋の恐怖、今は塩を持った安全地帯にいる、という意識からかもしれないけれど。
 無責任だな、私。ふと、そんな言葉が浮かんで、今井さんの言葉と重なって、すごく悲しくなった。

「さっきから気持ちが悪くてたまらないしさ…具合悪い…。水持ってきてよ、コップ適当に使って」
「は、はい!」
「ちょっと塩入れてね。効果あるかわかんないけど」
「はい!」

 落ち込む手前に、今井さんが機嫌が悪そうに私に命じた。私はその要求に飛び上がるように返事をし、すぐさま席を立って、一枚ドアを隔てたミニキッチンに向かった。片付けられたミニキッチンで、水切り棚に上げられた透明なグラスに水を注いだ。塩の入った瓶のキャップを取った時だった。ぼそぼそ、と声が聞こえた。
 はっとして開かれたドアの向こうを見ると、突っ伏したまま、顔だけこちらに向けた今井さんが何か私に話しかけていた。びっくりするから、やめて欲しい。

「…で、井坂ななみは長瀬祥子にいじめられていた…うん?長瀬祥子だっけか?」
「あ…はい、そうです」
「長瀬祥子、ながせさちこ…ながせ…さ、ちこ…人形の名前って、チコだったよな?」

 トントントン…
 トン、トントン…

 さっきよりもずっと鮮明にあらゆる音が耳に入っている。隣の部屋のノック、そして、今井さんの声。鋭く刺さる。今井さんが、身を起こして私に聞いた。けれど、私は答えられない。そんな、そんな、まさか。今井さんの唇は、確信を付くかのように動く。ノートパソコンを再び開いて、すばやくキーボードを叩く。

「書き込み、なんて書いてあった?最初の、確かあいつ、髪入れたって書いてあったよな?爪じゃなくて、リスクのある髪をわざわざなんで?」

 トントン、トン…
 トン、トントン…


 私は答えられらない。私は、知らない。そんなこと知らない。知ってたら、そんな…サチは、サチはどうなる?

「井坂妹が願掛けしてたって本当か?爪を入れなかったんじゃなくて、髪しかいれられなかったんじゃないの?長瀬祥子の髪を。爪なんか、どうやって貰うんだよ。井坂妹は長瀬を嫌ってた、違うか?」


 トン、トン、トン…
 トントン、トン…


 動機は十分。利用したと思ってた。違うんだ。利用されてた、としたら?嫌な汗が、背を伝う。音が、音がうるさい。うるさい、うるさい。


 トントン、トン…
 トン、トントン…


「もしかして、井坂妹が人形につけた名前って本当は、『長瀬祥子』じゃないか?もしくは『長瀬祥子と同等の意味を持つ名前=チコ』とした。それが、井坂妹の吐いてる嘘だとしたら?」



 トン、トン、トン…
 トントン、トン…