ひとりかくれんぼ/完結
5月28日 03:49(金)
言われた通りに自室に戻り、インターネットで「2ちゃんねる」に入った。隣には、顔を青白くしている少女、愛川由紀子が座り、罪悪感か何なのかよく分からないが、俯いている。俺も愛川も無言、キーボードを弾く音だけが部屋に響いた。
「それで、友達を助けようって来たわけ?」
冷たく聞く。わざと冷たく聞いた訳ではないが、声音は確かに冷たい。逆に言えば、優しくする義理だって何ひとつないのだ。俺は被害者である。愛川は、小さくはい、と答えた。
愛川の話を簡潔にまとめるとこうだった。
愛川と、愛川の友人である長瀬祥子は、ひとりかくれんぼを知り、実行するにも自身では出来ず、井坂妹に実行を依頼。井坂妹は快く引き受け、会場は井坂の家、実行者は井坂妹、外部待機に愛川と長瀬としたのだった。ついでに2ちゃんねる本スレに実況もすることとなる。しかし、実験途中にアクシデント発生、井坂妹が捕まり、パニックに陥りかけ、それを長瀬が助けようとして中に入り、2人も出てこなくなった。愛川は怖くなり、逃亡。翌日になっても、長瀬と連絡が取れないままにいるだけでなく、井坂と長瀬は共に学校を休んでいる。だんだん不安になって、こんな時間だというのにここへ来たという。
そう俯いて俺に事情を話していたが、嘘くせーな。というのが正直な感想である。別にこの話を聞く限りはふーんという感じだが、それを話している愛川の目がキョロキョロと宙を彷徨い、しきりに手を自分のスカートや髪にやっていたからだ。典型的な嘘を吐く仕草である。そしてまた、馬鹿じゃねーか、とも強く思った。
「説教するつもりはないけど、ね、俺も迷惑こうむっているし、兄貴の方も今なんかやばくなってるから、そういうことはもうちょっと考えてやれば?責任の取れないことはしないでよ」
「…はい…すみませんでした」
一応、腹の立つままに言って、謝罪は貰ったが、それで事態が動く訳でもなく。それ以上は咎めずに、2ちゃんねる検索でスレッドを漁った。スレッドの名前は【ひとりかくれんぼ 189夜目】分かりやすくていいですね。
覗いたスレッドのレスは600前後、投稿時間を見ると、流れが異様に早いのが伺えた。そして、何よりもそこら中に散りばめられた『ナナ』というカタカナ。井坂妹の名前は『ななみ』という。
「この、ナナっていうのが妹?」
「はい…あの、ななみサンが出たのは200くらいからで…」
「そうしたら、結構進んでるね。状況が読めないけど」
状況は読めないが、スレを追えばそれも可能だ。200、正確には177から戻ってレスを追った。
ナナの書き込みは5月26日3時44分を境にして消えていたし、有力な手がかりどころか、ありもしない憶測だけが飛び交い、スレをにぎわせていただけだった。使えない。しかし、イチかバチかと井坂は言った。とにかく、書き込んでみる。
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903 2010/05/28(金) 03:56:49 ID:6RagUlqe0
名前:
すみません。
ナナ◆uDJlrKOaroの身内みたいな者ですが、
話せば長くなるんで、細かいことは略しますが、
ナナとその友人がいなくなりました。
そして、ナナの兄の方が、
ひとりかくれんぼするハメになっています。
どうしたらいいですか
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イチバチだ。どうせまともな答えなど帰ってきやしないし、即レスも期待はできないな、とおもっていたが、一度F5を押すと、すでに3件レスが来ていた。意外に頼もしいかもしれない。
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904 2010/05/28(金) 03:57:45 ID:UgNQZ9710
名前:
>>903
日本語でおk
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905 2010/05/28(金) 03:57:49 ID:xE4H+55L0
名前:
>>903
とりあえず落ち着け。
さっぱり分からん。
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906 2010/05/28(金) 03:57:50 ID:yEEk7vg6O
名前:
>>903
それは省略したらいかんだろw
どうしてそうなったwwww
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「………」
だからネットって嫌なんだよ。察せよ。
しかし、投げやりだった自覚もある。隣の愛川は、口元に手を当てた。うるさい、どうせ説明すんのへたくそだよ。面倒だろうが。
心の中で言い訳を重ねて、席を立ち、愛川に言う。
「面倒だから理由は君が書けよ、懇切丁寧にな」
「え…あの、すみません…」
「いいから早く。俺ノート出して、そっちで別のこと調べるから」
促すと、愛川は席をずらし、俺のパソコンを弄る。カタカタというキーボードの音を聞きながら、俺はノートパソコンを立ち上げた。ランでつながれたインターネットを開く。そうして、すぐにグーグルで「ひとりかくれんぼ」を調べた。
いかにもオカルティックなサイト。黒背景、白文字、赤リンク。目がチカチカするようだ。
とりあえず、ひとりかくれんぼについての知識は井坂から聞いたのみであるから、基本事項を確認するべく、実行方法を呼んだ。その内容はいかにもだ。何かやばそう、と思うと同時に、どこか好奇心をそそられるような方法だ。これが昨日、俺の家の隣でやられていたと思うとぞっとするし、俺の気持ち悪さの原因もこれだったんだろうな、と思うとげっそりする。
ざっとやり方を見ると、下の方に何か書いてある。補足だった。
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※注意事項※
・家の外に出ない
・電気(明かり)は必ず消す
・隠れてる時は静かに
・2時間までが限度
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目を疑った。2時間まで?ということは、あんまり時間はないのか?いや、すぐに終わらせられれば十分に…しかし、それだってすぐに終わらせられたらの話だ。井坂が宣言したのは何時だった?3時20分過ぎの話だ。とすると、タイムアウトは5時20分。今から1時間20分くらいだ。終わるのか?さっさとした方がいいのか?でも、それは本当に正しい判断か?それを促して、本当に大丈夫なのか?もし井坂まで消えたら?
しかし、ごちゃごちゃと考えている時間はない。
井坂が消えようが消えまいが、俺に一切の責任はない。よし、促すしかないな。そう思って、席を立った時だった。愛川が、声を上げた。
「あ、あの!」
「役に立つ情報あった?」
「あの、えっと…その…」
作品名:ひとりかくれんぼ/完結 作家名:笠井藤吾