ひとりかくれんぼ/完結
5月28日 02:58(金)
おかしなことに、ドアの前には誰もいなかった。
てっきり誰か尋ねてきたものだと思ったのに。
トントン…トン…
トン、トントン…
しかし、音は確かに聞こえる。それも、俺の部屋からだ。なんで?
ここで俺は初めて恐怖を知って、302号室に再度飛び込んだ。
「今井ッ!」
大きな声で今井を呼ぶ。今井が玄関に来るのも待っていられなくて、俺は健康サンダルを脱いで今井の部屋に上がる。今井は面倒そうに身を起こした。
「…どうしたの、帰るんじゃないの」
「帰ろうと思ったら…違う、ノックの音、客じゃない。部屋の中から聞こえる…!鍵かけてんのに!」
「………」
「なあ、これ警察だよな?警察呼ぶべきだよな」
「だから、何でドロボウがノックすんだよ…」
今井が呆れたように言った。確かにそうだが、気味が悪い。ノックの音は、未だ聞こえる。それもさっきより大きくなっているような。
トントントン…
トントン…トン…
「ド、ドロボウじゃないとしたら…何だよ…?」
「さあな。傘持ってくか」
「何で!」
「いや、万が一に備えて武器」
「傘で倒せるのかよ。どうせならもうちょっと強そうなもん貸せよ…」
「じゃあ、包丁とか持ってけ。変なもん切るなよ、新しいの買って返して。もしくは研いで返せ」
トントン…トン…
トン、トントントン…
「いや…じゃあ、一応借りてくけどさ」
「はいはい。さよなら」
「お前も一緒に来てくれよ!」
「何かすげー胃が痛いんでさっさと帰って下さい」
「おい!」
そういうと再び布団に潜り込む。俺はナチュラルに怖かった。最近、ネットで怖い話ばかり見ているからか。
しかし、頼みの綱の今井は布団から出る気はないらしい。今井のキッチンから包丁を一本拝借して、俺は再び俺の部屋へと向かった。
トントントン…
トントン…トン…
301号室前。やはり、音は部屋の中から聞こえる。試しにドアノブを掴んでみるが、やはり鍵はかかっている。としたら、何だ?何がいるんだ?レオパレスの平たい鍵を差し込み、ゆっくりとドアを開けた。
トントントン…
トントン…トン…
部屋の中は真っ暗だった。22時頃に出たままの状態。パソコンだけが微妙についていて、モーターの音と、そして、ノック音。確かに俺の部屋から聞こえる。恐る恐る玄関の電気をつけようとした時、
「あ、あれ…れ?」
パチン、パチン。
何度玄関の電気のスイッチを押しても電気がつかない。おかしい。ブレーカーが落ちてる?いや、そんなことはない。パソコンは動いているんだから。電気がつかずに、パチパチとスイッチを入れていると…
トントン…トン…
トン、トントン…
やはり、物音が聞こえる。この音はなんだ?その音は玄関から3歩ほど歩いた…風呂場から聞こえてくるようだった。もしかしたら、水漏れの音?だとしたら、水道代勿体ねえじゃん!と反射的に家に踏み込む。俺にとって恐怖<水道代である。それでもしっかりと護身用の包丁を持って、風呂場のドアをスパーンと開けた。
が、そこには何もな…くなかった。
浴槽の中にたっぷりと水が張ってあった。蛇口から水が滴っていて、それが、トン、トン、トンと規則正しいリズムを刻んでいる。おかしい。俺、夏場はシャワーだけだし…こんなに溜まるほど、水だって…とりあえず、蛇口の水を止めようと風呂場に踏み込むと、浴槽の中にソレはいた。
「っ…なんだ、これ…!」
浴槽の中の水の中には、一体の人形が沈んでいた。暗くてよく見えない。心臓が飛び上がりそうな衝撃に俺は固まってしまう。その視線の先には、人形。だんだん、だんだんとその輪郭が見えてくる。それともう一つ、それに巻き付けられた…赤い、糸…!
瞬間的にあるひとつの物語が俺の頭の中によみがえった。とある怪談、都市伝説。ありえない、ありえない。あれは読み物としておもしろいんであって…そんな、なんで、こんな…。
見覚えのあるテディベア。
水の張られた浴槽。
赤い糸。
暗闇の部屋。
電源の入ったパソコン。
そして、包丁を持った…俺<オニ>…?
作品名:ひとりかくれんぼ/完結 作家名:笠井藤吾