唯一神
して、雨の話だが―俺が生まれてから今、現在まで、一日たりとも雨は仕事を休むことなく大地をぬらし続けている。
それ故に昔は大陸だった大地はその面積を実に1万と5千分の1にまで減少したらしい。
人類が唯一住める大地はもう今、この地しかない。
おかげで昔は『神の縁る大地』なんて大層な呼ばれ方をしていたらしいが。
現実は神も糞も無い。毎日降り続く雨、毎日起こる殺人を伴う事件(テロなども含んだ)、そして・・・、何よりも生気の無くなった人間達の顔。神はこんな人間が見たいが為にこの島を寄る辺に選んだのだろうか?
笑っちまうよな、神なんかいない。むしろこれが神の所業なのだとしたらそれは死神の仕業だぜ絶対に・・・。
そんな世界でもおっさんはいつも笑顔だった。
何を勘違いして俺を引き取ったのかは知らないが常に前向きな事を俺に喋りかけていた。
俺がこの世界を憂いて誰とも接点を持たないようにしている、とでも思ったのか。
『明日にはこの雨も上がるさ!世界に絶望するなんて思うにはお前はまだ若いんだよ!』
なんてな。その心配はお門違いだぜ?おっさん。
何故なら俺はそんな事1ミリも気になんて留めてやしないんだ。
ただ、興味がなかいだけ。
おっさんと暮らすようになって半年程が経ったある日―。
俺とおっさんの関係は、おっさん『喋りかける』俺『生返事』程度の関係となっていた。
最初の、おっさん『喋りかける』俺『無視』の構図からすると大きな進歩といえよう。
ただ俺は生返事でもなんでも返してやるとおっさんが満足して少しの間黙るから返事をするようになっただけで。
絶え間なく喋りかけてくるおっさんが億劫だっただけだった。
おっさん一人が賑やかな昼食の最中、珍しく真面目な顔で『今日から生きる術をお前に教える』なんて言ってきた。
半年も住んで、おっさんからの初めての注文だった。
俺が生返事でも『話をした』事がターニングポイントだったのだろうか。
この広い館には地下室までもあるらしい。しかし俺は部屋、居間、便所、風呂、玄関以外の場所は立ち入った事が無かった。
特に禁じられていた事も無かったが用も無ければ興味も無い。
自分から探検しようなんて事を俺が思い立つ訳も無く、今の今まで近寄らなかったが、おっさんが生きる術とやらを教えるのに地下室をその場所としたのだ。
階段を降りてこの扉を開けるとき、その先は自分の知らない場所。
少し緊張する、こんな事を思えるくらいにおっさんとのやり取りの中で少し成長したと思う自分がいる。
・・・らしくもないな。
と、最後に否定の言葉を入れて軽々しく重い扉を開けた―。