紅茶をもう一杯と探偵は口にする
差し出されたのを見て意知朗さんは首を横に振る。
「死体の写真はないの」
「一応あるにはあるが」
不由径さんが困った顔をする。それも、そうだろう。うら若き乙女に死体の写真なんて見せてはいけない。こういう些細なデリカシーが叔父には欠如しているのだ。
「気になるんだ。死体のこと」
「なんで、また」
「凶器はどうしたのかって……首が切れていたわけでしょ」
「ああ」
「その凶器は」
「見つかってない」
二人のやりとりに私は手をあげる。
「包丁とか」
「それはない」
不由径さんが即答する。
「だったら、鑑識が絶対にわかるはずだ。陽和子ちゃんはわからないかもしれないが、人の体っていうのは、すごくかたいんだ。それも首は骨の一番かたいのがある。だから、それが斬れるっていうと、包丁とかだと必ず刃こぼれするはずだろうが、それはなかった」
「それに血」
「カーペットについてるが……変か」
「写真で見る限り、はっきりとわからないけども……すごく血が流れているのはわかる」
なんだか二人の会話は生々しさが増えてきたのに私としては口を噤んでいるしかできない。
実は私は血が大の苦手なのだ。自分の血を一滴でも見ると、叫んじゃう。大量の血なんてますますだめ。写真で見るには、まだ耐えられるけども。
「ねぇ、ふーちゃん、それってざっくばらんに言って……何も判ってないってこと」
「うっ」
不由径さんがたじろいだ。
あーあ、どうして、こう叔父はデリカシーがないのだろうか。ときどき、すごく人の心を考えているんだなって思うと、こうやって人の言ってほしくないことを的確に言い当ててしまう。
「わ、わかってることはあるぞ」
「たとえば?」
「凶器は鋭い刃物だ」
「それくらいわかります」
きっぱりと、叔父がいう。ああいえばこういう。典型的ないやなタイプだ。
「お前な、俺に嫌味いうのか。わざわざ菓子を持ってきてやったのに」
「別に嫌味のつもりはないですけども……一つ伺いたいのですが、その母親はどうなんですか。事件のあと、なんていってます? どちらが死んだとか」
「母親は息子が死んだと叫んでいるよ。ヒステリックを起していて混乱してるから双子のどちらかなんて判断できないだろう」
「たぶん、その母親は、正直なことをいってるんですよ」
紅茶を飲もうとした不由径さんの動きが止まる。
「それは、つまりは、双子の兄のほうが死んだってことか」
「ですから、その母親の言葉のままですよ。息子さんが死んでしまわれた。その母親にとっては息子さんが死んでしまった」
「あのなぁ、俺が知りたいのは」
「最後まで聞いてください」
意知朗さんが、きっぱりとした口調で言う。
「ただ、これは憶測ですが、頭は弟さん、胴体はお兄さんの……だと思います。もしかしたら、反対かもしれませんが」
「待てよ、それって」
「二人とも死んでしまったんです」
「二人、とも?」
私と不由径さんが声をあげる。意知朗さんは紅茶を一口飲んだ。
「つまりはですね、二人とも死んでしまっているわけです。それも、たぶん、その部屋で見つかったほうは、自殺です」
「まてまて。それって、じゃあ、金庫で見つかったのは」
「ですから、それを隠したのが、部屋で死んだほうなんです。つまりは、自殺だけども、自殺に見えないように……初めに死んだほうの死を隠蔽するための犯行なんですよ。たぶん、なんらかのことで双子の片方が死んだんです。予想をいえば、たぶん、兄のほうが、それを見つけた弟は、なんとしてもそれを隠蔽しなくてはいけなかった。だから、首を金庫に隠し、そのあと自分も自殺したわけです。出来る限り自殺だとわからないように」
「わけがわからん。どうしてそんな」
「母親を守るためでしょうね」
「母親って、あのヒステリーの母親か」
「その母親は双子の弟のほうを殺そうと思ったんじゃないでしょうか。自分の子にすべての財産をあげたいと思うから、けれど、後姿で間違えてしまった。間違えて自分の息子のほうを殺してしまった。それを弟が見つけた。母親が自分の息子を殺した有様を見て弟は驚き、そして、なんとしても母親を守らなくてはいけないと思ったんでしょうね。なんとか兄のふりをして母親を遠ざけると、その死体をどうにか始末しようと考えた。母親に罪が被らず、そして自分の良心の癇癪から彼はこの方法を選んだ」
そこで意知朗さんは紅茶をまた一口啜った。
「まず首を切断は、体と頭があると運ぶのが大変だっていうのと、もしかしたら母親が殺すときに首になにか致命的な殺した証があったのかもしれない。首を絞めたあとがあったとか、それでこの計画を考えたときに思いついたんでしょうね。まず兄の首を切断し、頭だけを金庫に仕舞いこみ、その体は隠してしまう。そのあと自分は例の部屋にいくと、自殺する」
「自殺って、どうやって」
「首を隠さなくてはいけない。だから、まず、首を切る方法ですが、引力の法則を使用したのだと思います。一階だから、四階の真上から何かとがったもの、首にまずワイヤーをかける。そのワイヤーの先には、窓の裏手に映っている板につける。板は軽いから氷をつけておく。それを上から落とすんです。方法はとっても簡単ですよ。紐で上から吊るして、ライターや蝋燭で火をつけてじりじりと紐を焼いてしまう。部屋に残るのはどうせ蝋燭だけだから、誰かが怪しむことはないし、そのうちお手伝いさんが片付けてしまう。窓にワイヤーをつけた自分の首を晒して待っていればいい。そうすれば首は切れた死体は部屋の中に残る。その上、その首を切れた衝動で、窓の鍵もしまってしまう。氷は解けて消えてしまうし。ワイヤーも首をきったときに上に飛んで消えてしまう。それも首は犬を飼っているということは、その犬が首を銜えてもっていってしまう。そういうことも考慮したんじゃないでしようか。だって、鑑識さんのカメラを隠すくらいですから」
「待てよ。お前が言っていることが正しいとしても……そんなの、狂ってる」
不由径さんが呟くのに意知朗さんは困ったように笑った。
「この方法が一番いいと弟さんは思ったんでしょうね」
「どうしてだ。犯人を突き出せばいいものを」
「母親を守るには死ぬしかなかった」
「だから、なんで母親を」
「どうして子が出来なかったか。ここは憶測ですが、その母親はプライドの高い人ではないのでしょうか。子供が出来ないというのに周囲からの言葉によりひどいストレスによって精神も大変だったのでしょうね。だから愛人の子でも引き取った。もしかしたら子供が出来ないからわざと外に女を作って生ませたのかもしれない。そんな彼女にとっては子供は何よりも守り、この家を継がせたい存在だった。そこに愛人の、まったく同じ顔の子がきてしまった。それに母親は混乱した。自分の子が一番可愛いという気持ちが強くて、どうしても、なんとかしなくてはいけないという使命というか、強迫観念にかられてしまった。だから、彼女は今、息子は死んだと叫んでる」
「まて、じゃあ、その死んだやつの胴体は」
「家の中に隠してあると思います。犬のことも調べてみれば首が見つかるかもしれません」
不由径さんが立ち上がった。
「いますぐにいってくる」
作品名:紅茶をもう一杯と探偵は口にする 作家名:旋律