紅茶をもう一杯と探偵は口にする
これは、双子のどちらかが死んだと、思ってもいいはずだ。人前ではきれいなこといっても、所詮は金が絡めばそんなもの。
夏の季節になれば幽霊が出るというが、自分たちの子供がこんなになっていると親が知ればどうだろう。
ピンポーンと軽やかにチャイムが鳴った。
私は慌てて立ち上がり、ドアを開ける。このときスマイルも忘れない。
「はぁーい。いらっしゃいませ」
あれ?
私の視線には誰もいない。いたずら? いや、そんな、怖い。いくら夏だからって幽霊が出なくてもいいだろう。
「ここよ。ここ」
生意気な声がしたので下を見ると、ちょこんと女の子が立っていた。
ショートカットに黒髪。白いワンピース。見上げている目がなんとも生意気という言葉をそのまま目玉にしたような子だ。
「あ、どうも」
「どいて」
そういってのしのしと入ってくる女の子。
おいおい、なんだ。いきなり。
私としては、唖然。だって、どうみても六歳か、それくらいの女の子なんだもの。いや、もうちょっと年齢としては上かもしれない。
「あ、あの、きみ、いきなり」
恐る恐る声をかける。
そうすると女の子が振り返る。
「私、依頼にきたのよ」
「依頼、ですか」
なんですと!
まだ、六歳か、それくらいに満たない女の子が、いきなりそんな声をあげるなんてびっくりだ。そもそも、依頼ってなにかわかっているのか。唖然としている私に小生意気な目が見上げてくる。う、なんとも腹の立つ目。ちらりと叔父を見ると、にこにこと笑っている。
「依頼ですか、お客様」
叔父のいいところは、年齢に関係なくちゃんと相手にするところ。だが、この場合は、どう考えても依頼人として成立しないだろう。
「そうよ!」
女の子が振り返って声をあげる。
「では、お話を聞きましょう。どうぞ。ソファに座ってください」
叔父の対応は、なんとも鮮やか。
小生意気な女の子をソファに座らせて、アッサムとクッキーを差し出す。女の子は、それを無邪気に受け取って食べる。そして満足するまで食べたあと、叔父を見上げる。
「依頼したいの」
「はい。なんでしょうか」
「私の妹が消えてしまったの!」
その言葉に、びっくり。
妹が消えた。
「あ、あの妹さんって」
「赤ちゃんなの。けど、もう消えて一週間も経つの」
その言葉にますますびっくり。
それって、すごく危険なことじゃないのか。消えて一週間。それも赤ちゃんとなると、誘拐? 大事件ではないのか。新聞にのっても可笑しくない。いや、誘拐だとして、新聞に載るわけがないのか。
私は、いきなりの大事に混乱した。
「妹さんのお名前は?」
「萌よ。私がつけたの。いっつも私といたの。お風呂だって、寝るときだって、私がめんどうみたのよ」
「萌さんは、おいくつですか?」
「えーと、買ってもらってから一年経つから、一歳かな」
ん?
女の子の言葉に私、怪訝とする。
今、この子、買ってもらったとかいった?
「けど、私、大切にしていたのよ。萌のこと、一年前の誕生日にかってもらってから」
「萌さんは、赤ちゃんのお人形さんなんですね」
「そうよ。けど、私の妹よ」
女の子の言葉に、ようやく、ああ、そういうことかと、なんとなくほっとする。一瞬でも勘違いしてしまった自分が恥ずかしい。
「萌、いなくなってしまったの」
「あの、けど、人形でしょ」
私が言うと女の子がきっと睨みつけてきた。
「萌は妹よ!」
きっぱりと言われて、私としては人形と言えなくなる。この年齢のとき、自分も人形を友達にしていたことはある。
この子にとっては、萌という人形は妹なのだ。
「それで、その萌さんは、いつ、どのようにいなくなったんですか?」
意知朗さんが尋ねると、女の子は真剣な顔で向き合うと頷く。
「一週間前、幼稚園から帰ってら、萌がいなかったの。私、一生懸命探したのよ。けど、いなかったの。探してもいなくて、悲しくてすごくすごく泣いたわ。お母さんやお父さんにもいったのに知らないっていって、だから、私すごく探したの。けど、萌は見つからなかったの」
七歳くらいかと思っていたら、もう少し若かったらしい。この依頼人は。
「萌さんの見た目はどのようなんでしょうか」
「黒い髪の毛の、かわいい女の子よ。頬がぷっくりとしていてね、ピンクの服を着ているの。お風呂にも入れるのよ。そのとき、髪の毛が変わるの。ごはんはミルクを飲むの」
女の子の言葉に私は考える。
それは、よく女の子の玩具として売られている赤ちゃんタイプの人形のことだろう。二歳からの玩具としてというものではないだろうか。時々子供の玩具のCMとして流れている。かくいう私も遊んだ経験がある。
なんとなく懐かしい。
「見つけてくれる? 探偵さん」
「そうですね」
女の子がじっと意知朗さんを睨む。
「報酬を払うわ。ちゃんとした依頼人でしょ」
そういうと女の子がポケットから百円を二枚と五十円を一枚出してきた。これが報酬というつもりらしい。
私としては、なんといえばいいのか。
探偵家業は遊びではない。それほどに実りのない稼業だけにお客様といえば逃したくないが、これはどうみても無償に等しい。
なによりも、その萌ちゃんという人形、買ってから一年ということは捨てられたんじゃないのか。子供の人形が汚いと親は捨てるものだ。これを見つけてくれというのは、また難しいことだ。
「ええ。そうですね。では書類にサインしてください」
「サイン?」
「依頼書ということです」
「わかったわ。私、ちゃんと名前、かけるんだから」
おいおい。
私はなんともいえない顔をしたのに意知朗さんがにっこりと笑って、依頼書をとってほしいという。私は、はぁと返事をして引き出しから依頼書を出す。これもただではないのに。
私が差し出すと、意知朗さんが、女の子に、ここに名前を書くようにという。女の子はボールペンをしっかりと握り締めると「あいざわゆうか」と書いた。
「依頼内容は萌さんを探し出すんですね」
「ええ」
「わかりました。引き受けました」
意知朗さんはそういうと書類の担当名に自分の名前を書き、報酬の金額も書いた。ああ。それで本当にいいのか。
「いつ見つかるの?」
「人の捜索には時間がかかるものです。そうですね、明日から準備しますので、待っていただけますか?」
どうして、こんな小さな子まで、そういう分け隔てない態度なのだろう。確かに、人に平等に接するのは大切なことだけども。
私としては、これは頭痛がする。
「わかったわ。また来るから。もし依頼料分の仕事しなかったら、怒るから」
「はい。ただ、今、知っておきたいことがあるので、お伺いしてもいいですか? 明日の調査の役に立つはずなので」
「いいわよ。それで萌が見つかるなら」
なんともかわいくない子供だ。
「その萌さんがいなくなった状況を詳しくうかがえますか?」
「だから、幼稚園から帰ったら、いなかったのよ」
「萌さんはいつもどこにいますか?」
作品名:紅茶をもう一杯と探偵は口にする 作家名:旋律