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掌の小説

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手記



 いったいどうなってしまったんだ。僕の精神は中心を失くしてしまったようじゃないか。何かを考えようとしても、思考そのものが砕けていて、考えは迷い続けるか一つの方角へ偏向するかのどちらかだ。感情は、とにかく苦痛だ。これはもはや感情というよりは単なる焦土だ。まだ焼かれたときの熱を保ったまま狂っている焦土だ。僕はとにかくアパートにじっとしていられない。まだきれいな形をとどめているタバコの箱からタバコを一本取り出すと、緑色で透き通って液化ガスの量が見える安物のライターで火を点け、呼吸とともにタバコの先端を燃やして、煙が体内の肉を豊潤にしていくのを感じる。クッションに座りながら、脚を組みかえたり、脚を伸ばしたり、片脚だけを曲げてもう片脚を伸ばしたり、頬杖を突いたりしながら、僕は時間が何事もなく過ぎていくことに救いを感じている。酒にしろタバコにしろそうだ。時間を無にしてくれる。正確に言うと時間を中和してくれるのだ。苛立ちと悩みと苦しみに満ちた時間を、苛立ちの角を取り、悩みの混乱をほどき、苦しみの窒息に風穴を開けることで、何も生えていない校庭のように均してくれる。だが、そんな時間にも耐えきれず、僕はコートを羽織ると、平積みになった本の間を用心深く歩きながら、アパートの茶色いドアを開け、右に折れて錆びた階段を無駄に金属音を立てながら降りると、一階の自転車置き場から自転車に乗って近くの公園へと出かける。
 公園に行くことの強迫観念。自転車のペダルをこぐ力の入れ具合に独特の調子がこもる。僕は背を曲げ、サドルから尻を上げ、必死になって自転車をこぐが、その身体の緊張には全くゆとりがない。どんな誘惑をもはねのけて、僕は公園へと向かうだろう。公園と僕とはもはやつながっているのだ。そのつながりを証明するのが、この力そのものとなったような僕のこぎ方だ。僕は公園へと向かう力以外の何物でもない。そうやって自分を狭くすることで、余計な被害妄想や外傷の記憶が僕の意識に入り込むのを阻止しているのである。なぜ公園か? それは分らない。人間が物事に執着するのに理由などあるだろうか? 例えば恋愛。恋愛の執着に理由などあるのだろうか。もちろん何かのきっかけはあるかもしれないが、そのきっかけが過剰に増幅されたところに恋愛の本体はある。それと同じである。たまたま公園が自分の気晴らしになったというきっかけがあったのかもしれない。だが、そのきっかけが、無意味に増幅されて、もはやそのきっかけさえ意味をなさないようになったところに、僕の今の執着はある。好みが執着になるとき、何か不連続な跳び越えがある。人間の中で、感情の著しい変質がある。
 行き止まりになっている通路の端の方へ自転車を停めると、僕はいつものベンチに身を投げ出す。ベンチの背板の反作用にすべての体重を預けて、僕は木の葉から漏れてくる眩しい日の光を手で遮る。この手の遮り方がいつも不器用に思えて仕方がない。誰に見られているのでもないが、その不器用さがあたかも自分の動作すべてを支配しているかのような妄想に駆られ、いたたまれなくなる。生きているだけで嘲笑されるような人間なのではないか。そして今、僕はその嘲笑に対して勝つことができない。どうやって勝ったらいいのか分からない。すべて審判する権利は他人にある。僕は常に裁かれる側で、常に敗訴しているのだ。「小学生みたいだ」「汚らしい犬みたいだ」、僕を中傷する言葉がふと脳裏をよぎる。中傷する人間の表情が浮かぶ。僕は何度も傷つき続ける。僕の膨れ上がって無傷のプライドが、僕に対する軽蔑を認めようとしない。僕への軽蔑は、動かない事実として僕を傷つけ続けるが、宙づりにされたまま、僕のプライドはそれを承認することができない。屈辱感だけが灰のように残る。広い敷地に点在する美しい大樹の群れ。その風景の美しさでさえ、今の僕の中には十分に入り込めない。僕は表面が硬く張りつめていて、善いもの、他人の善意であるとか、美しいもの、この風景であるとか、正しいもの、学問的真理であるとか、そういうものをもはや軽く見流すだけですぐはねのけてしまう。
 メールが届く。友人が遊びに来るそうだ。とたんに僕は狂喜する。この焦土に舞い降りてくる豊かな生活物資。米や野菜、肉というもの。それが友人との交わりだ。僕は孤独だ。孤独だけれど孤独の解消の仕方が分からないのだ。他人におびえながら生きているから、他人の誘い方もわからない。すべて受け身で、この瞬間も誰かが自分を助けてくれることを望んでいる。このように他人から手を差しのべられるのを、神の救いであるかのように受け身で享受することしかできないのだ。どうしたらいいんだ。とりあえず友人は会ってくれる。だが僕は自分の悩みを打ち明けることはできないだろう。そんな勇気はないし、仮に勇気があっても自分の窮状をさらすことは、僕の無駄にあるプライドが許さない。弱いくせにプライドだけがある人間の惨状とはこのようなものだ。このプライドは知らないうちに僕の背後に巨大に立ちはだかっていた。いつの間にここまで成長したのか僕には皆目見当がつかなかった。そして僕は弱いからプライドを壊すことすらできない。どうしたらいいんだ。どうしたら・・・。

作品名:掌の小説 作家名:Beamte