狂い咲き乙女ロード~3rdエディション 暴かれた世界~
わたしはその様子を後ろで腕組みしながら見つめ、いや、傍観していた。誰がどう考えても由利恵以上の人材がいるとは思えないし、これも必然以外の何物でもない。予定調和の産物だ。
ミニコミ部。そこは足を突っ込めば抜け出せなくなる魔窟そのもの、カオスの楽園だ。
高校入学当初、わたしはあらかじめ得ていた情報から、入部は避けようと考えていた。妙な伝統があるということ、男子禁制の閉鎖的な部活だということといった噂をしばしば耳にしていたのだ。
だがしかし、新歓の時期に文化棟をうろついていたところ、突如とんでもない美人に声をかけられた。上履きをみるとどうやら二年生のようで、とにかく長い黒髪が印象的な、大和撫子を体現するようなその先輩に、わたしは目と心を奪われてしまった。
「ちょっとそこの君」
「な、なんでしょう?」
別に何も悪いことしてないのに声が震えてしまう。あー、でもこの人ホント綺麗だなー。女のわたしでもどうにかなってしまいそうな気がする。
「文芸とか漫画とか興味ある?」
意外な質問が彼女の口から発せられたのに少し驚かされた。
「え? あ……あります…」
わたしの答えに満足したのか、その人は華のような笑顔を咲かせると、わたしの手を取りつつ言った。
「ならばミニコミ部においでなさい。共に『少女の王国』を築きましょう」
今冷静に考えればあまりにも胡散臭すぎる馴れ初めだった。でも何故だかわたしは「はい」と頷いていた。
そして連れていかれた部室にて、待機していた前部長だという三年生の先輩(この人もまた美人だった)から色々と話を聞かされ、宥め、すかされ、気がつくと入部届けを書かされていた。なんだか詐欺にあったような気がしないでもなかったけれど、こうしてわたしはミニコミ部の一員となった。
しかし、入ってすぐにその恐ろしさを目の当たりにすることになった。皆一様に気取った、お前ら何処の少女漫画から抜け出してきやがった的な、勘違い百合趣味少女の巣窟。てか腐女子少なっ! ある種の地獄絵図がそこにはあった。部室にいくと大抵誰かしらがいて、その手の話に明けても暮れても夢中になっているのにさすがに嫌気がさして、辞めようかなと考え始めていた矢先に、たまたま話すことになったのが、立花由利恵だった。
由利恵はその容姿の美しさなどもあって入部当初から次期『百合』候補と騒がれていた。そんな訳で周囲には常に取り巻きがいて、クラスメイトであるのにも関わらず、まともに話したことはなかった。
ある日の放課後、たまたま忘れ物を取りに教室に戻った時、わたしは一人教室に残っている由利恵を見つけた。
「立花さん?」
思わず声をかけてしまった。窓際に佇んでいた由利恵は私の声で振り返った。その瞬間に長い髪がわずかに靡いた。
「ああ、森さんでしたか。どうしました?」
「大した用事じゃないよ。忘れ物しただけ」
そう言ってわたしは窓際の一番後ろにある自分の席からペンケースを取り出し、鞄に放り込んだ。用も済んだので教室を出ようとしたのだが、由利恵がそのままの体勢を維持しているのが気になった。
「部室行かないの?」
「行きたくないんです」
そう言って俯いた由利恵は、部室での様子とはうって変わって、本当に普通の女の子という感じだった。わたしは由利恵の傍の机に腰を下ろしてから言った。
「話……聞こっか?」
「そんな、大袈裟なことじゃないんです、ただちょっと」
「ちょっとどうしたの?」
「…………少し疲れちゃったかな、なんて」
そう。まだこの時由利恵は自らの持つある種の魔力に気付いていなかったのだ。
自分がよくわからないうちに、勝手に次期『百合』候補だと見なされ、騒がれるのに疲れてしまったということを、わたしはこの時打ち明けられた。
正直以外だった。わたしから見た立花由利恵とのギャップに驚かされた。クラスでの由利恵は、成績優秀、容姿端麗、学級委員長という三拍子揃った完璧超人そのものだったから、落ちこぼれで見た目も冴えないわたしとは違って、悩み事なんかないものだと勝手に考えていた。
この時わたしは初めての会話というのも忘れて、なんとか由利恵を元気づけようとした。わたしなんぞから見れば、そんなのは贅沢過ぎる悩みだとかなんとか言って。わたしの自嘲と自虐込みの慰めが、少しは効いてくれたのか、気づけば由利恵は笑ってくれていた。それも幾度となく見てきた、外に見せるための『笑顔』ではなく、本当の友達に見せるような笑みを、わたしだけに見せてくれた。放課後の教室に二人っきり。わたしたちの距離は確実に縮まっていた。
こうしてわたしたちの交流は始まった。先に歩み寄ったのはわたしの方だったけれど、踏み込んできたのは由利恵だった。
例えばわたしが部室に行けば、周囲に取り巻きがいようがいまいと、あの特別な笑顔でわたしを迎えてくれた。お昼もわたしは一人で食べるのがほとんどだったのだが、あの放課後以来、屋上で二人して食べるのが習慣となった。
突如昼休みに由利恵がわたしを誘った時は少々驚いた。
「いい場所があるんです」
そう嬉しそうに言う由利恵がわたしを連れていったのは、立ち入り禁止になっていた屋上だった。確か鍵のコピーが部室にあったのは知っていたのだが、まさか由利恵が持ち出していたとは。古い南京錠に鍵を差し込む由利恵にわたしは聞いてみた。
「ねぇ、大丈夫なの? バレたら」
弱気なわたしとは反対に、自信たっぷりに由利恵は答えた。
「バレなければどうということはありません。ほら、開きました」
その時外れた南京錠が床に落ちて派手な音を立てた。一瞬二人して固まってから、わたしたちは顔を見合せて、
「「しー」」
そうユニゾンで言って笑った。
屋上は午後の暖かい日差しが一杯で、えらく気持ちがよかった。上は青空、隣は美少女。これで気分がよくならなきゃバチが当たる。金網近くの段に腰掛けて食べる昼食は最高だった。由利恵は時には手作りのサンドイッチをふるまってくれた。そしてこの時はお互いを名前で呼び合った。それまで由利恵は部内も含めて、誰にもファーストネームで呼ばせたことはなかった。
二人きりで過ごす時間はかけがえのないものだった。だけど――、
傍から見る者があれば、間違いなくわたしたちの距離は近付き、仲は深まる一方だったように見えただろう。だが、わたしは不安でたまらなかったのだ。
わたしのようなしょうもない奴が、
こんな素晴らしい美少女を独り占めにしている。
それは何にも替え難い喜びである。そして優越でもある。どんなにクラスで馬鹿にされようとも、部内で多数の百合共と論争になろうとも、わたしには由利恵がいてくれる、そう思えるのは救いだった。
だけどたまらなかった。由利恵と一緒にいればいるほど、自分の醜さ、矮小さ、卑小さ、薄汚さ、あらゆる負の部分が浮きぼられていくようでやるせなかった。眩しすぎる光は、逆に物体を正しく照らすことが出来ない。わたしにとって由利恵はまさにそれだった。
日々美しくなっていく由利恵。段々と自分自身の持つある種絶対的な魅力、魔力に由利恵は自覚的になっていくようだった。
作品名:狂い咲き乙女ロード~3rdエディション 暴かれた世界~ 作家名:黒子