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狂い咲き乙女ロード~3rdエディション 暴かれた世界~

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 僕が千秋を犯してから十日が過ぎた。事を起こしたのが木曜で、次の日、そして週が明けても千秋が学校を休みだしたことから色々と問題が発生した。
 森さんがあれだけ言うのだから、多少強引にヤっても大丈夫だろうと高を括っていたのだが、いざ蓋を開けてみると僕らの予想は大いに外れた。行為を終えた時点で、千秋が本気で泣いていたため、まさかとは思っていたのだが、週明けの月曜、ホームルームが始まっても千秋が姿を見せないので、不安は確信へと変わった。さすがの森さんも心配になったらしく、放課後部室にて緊急ミーティングを行おうと提案されたので、僕も大いに賛成した。
 森さん曰く、何度か携帯にかけてはみたのだが、一向に出ないのだという。いくら電話しても千秋が出ないということは、僕らの軽はずみな行動が原因で、千秋が精神的苦痛と肉体的苦痛を同時に味わう破目になったということは明確である。それでも森さんは、
「大丈夫だって。多分恥ずかしがってるだけじゃない? 少し時間が経てば落ち着くはずよ」
 などと楽観的見解を述べているが、僕にはどうもそうは思えなかった。千秋は恐らく僕らが考えているよりはるかに繊細な少年だったのだ。
 僕は何をやっているのだろう。何でこんなことをしたんだろう。何故? 千秋のことが好きだったから? それとも性欲に負けたからか? 

 どれも違うのはわかっている。
 本当のところは僕は森さんに嫌われたくなかったから? 彼女に認められたかったから? いや、好きだったのは間違いない。それでも僕は一人の人間を壊してしまったのに違いはない。

 壊してしまうのは簡単にできると思っていた。

 でも違った。

 確かに壊すだけならそうかも知れない。でも当然壊したなら破片が飛び散る。その破片は決して硝子とか人工物じゃない。人間の心だ。心を壊してしまえば、砕けた心が、砕いた奴に突き刺さるのは自明の理だ。

 刺されてみて初めてわかった。心の重み。

 ココロ。

 ボクニタリナイナニカ。カケオチタナニカ。
 
 ソレガ、ココロ。

 でも、もう遅い。

 それに気が付いたところで時間は戻せない。起きてしまったことを、打ち消すことなんて出来ない。手遅れだ。だから言わなきゃ。はっきりさせないといけない。僕の罪も、そして彼女の罪も――、
「もう駄目だ」
 そう。千秋には悪いけど、僕にはもう無理だ。誰かを好きになる資格なんて無い。だが僕の言葉に森さんは猛然と反論してきた。
「どうして? ここで諦めてどうするのよ。確かに佐藤君は少しショックだったのかも知れないよ。だってやっぱり男の子だから。犯されるっていうか……その、無理矢理されるっていうのは、やっぱり予想以上に色々な痛みがあったのかも知れない。だけどさ、佐藤君はそれを望んでもいたのよ? いつかは体験することだし、少しぐらい強引にリードしてもらわなきゃ決心がつかないって言ってたし。だから本山田君が罪悪感を感じる必要はないわ。必要なのは時間なのよ。それを受け入れるだけの時間が佐藤君にも本山田君にも」

 響いたのは派手な打音だった。

 言い終えるより先に僕は森さんの頬を打ち据えていた。彼女の眼鏡が吹っ飛んで床に落ちるのが酷くゆっくりに見えた。
 身体の感覚がひどく曖昧になっていく。視界と世界が揺らぐ。
 眼鏡が床に落ちた音で、彼女は自分が頬を張られたことに気付いたようだった。現実を認識するまでの時間のズレが、僕にも彼女にも起きたのかだろうか。
「な、何すんのよ!」
 怒声。彼女の言葉。薄い膜に包まれているようで、本当の音量よりも小さく聞こえる。
「       」
 まだ彼女の言葉は続く。僕にはもう認識できなくなっている。
 僕はどこにいる?
 辺りを見渡してみて、ああ、そうだった。部室だ。僕は放課後森さんとここに来たんだった。記憶さえもぼやけ始めてしまったか。まだ彼女が何か言ってる。うるさいな。少しは静かにしてくれよ。いま何だか少しはマシな気分になれそうなんだ。だからそんな風に怒鳴るのは止めてくれ。揺さぶるのも止めてくれ。いい加減にしてほしいな。邪魔だな、この娘も。
 どうしようか。部室で二人っきり。力は多分僕の方が強いだろう。どうとでもできるか。そうだね。
 
 僕には足りないのはココロです。
 それはさっきわかりました。
 そうですか。
 ならどうしましょう。
 どうしますか。
 僕はココロない人間です。
 だから知ってます。
 だから何でも出来るんですよ。

 彼女を壊すことだって。ホラ簡単。

「そうだね」
 呟きながら思わず笑みがこぼれる。
 後は動くだけ。やっと身体がココロに追いついてきた。「あ、ココロなかった」
 僕の独り言が不気味だったのか、不審そうな眼差しを森さんが向けてきた。
「な、何言ってるの?」
「なにも」
 あの時とやり方は同じ。諸手狩りタックル。あ、やっぱり軽いな。そんな感想を抱きつつ、僕は森さんを床に押し倒した。可愛い悲鳴が聞けたのは貴重なのかな。幸いなことにドアには鍵がかかっている。これでずっと僕のターンだ。馬乗りになった状態から暴れる両の手を掻い潜って、容赦なく殴りつける。オラオラオラっていう感じで。この際顔面にも何発か入れても構わない。後は腹部。こっちの方は特に重点的に。やっぱりボディーは効くみたいで、ニ、三発ブローを叩き込むとおとなしくなった。
 僕を支配しているものは、
 性欲?
 征服欲?
 支配欲?
 どれでもいいのか? それとも?
 これからどうしようか。彼女は悔しそうな涙を浮かべてはいるが、その目には抵抗の意思がまだ残っている。「やるならやれ」とでも言い気な眼つきだ。気丈なお人だこと。
 なんだか面白くないな。もっと怯えろ、恐れろ、震えろ、泣いて、叫んで、喚いて、もがいて、助けを呼んでみろよ。じゃなくちゃつまらない。そんな悟りきったような、人を蔑んだ様な、体はやられても心はやられないみたいな、そういうのは興醒めだ。
 馬乗りになった体勢のまま、僕はどんな表情をしていたのだろう。なんだかもうどうでもよくなってしまった。そんな僕を見上げながら彼女が言った。
「どうしたの、しないの」
 あー、もう降参だ。やめだ、やめ。取り消し。無理だろうけど。また一つ愚行を積み重ねてしまった。
「悪かったよ」
 そう言って体を離した。そのまま床に座り込んでぼんやりと天井を見上げるふりをしてみた。随分と埃っぽそうだなぁ、向こうの蛍光灯は切れそうだなぁ、などと考えている場合ではない、か。森さんの視線は僕に固定されたままだし。
「驚いた?」
 腹部をかばう様に座りなおした彼女の方を向きつつ、軽い調子で尋ねてみた。
「そ、そりゃそうよ……」
 ですよねー。普通に考えれば当たり前だよねー。いきなり押し倒されて乱暴されかかったら、大抵の人は同じ感想を抱くだろうね。ああ、でも確認しておかなきゃいけないことがあるな。
「一つ訊いていいかな?」
「なに?」
「驚いた以外の正直な感想を教えて欲しいんだ」
 発言の意図を理解できないのか、言葉を選んでいるのか、それともどちらでもないのか、森さんは口を開かない。もう少し噛み砕いて話す必要があるみたいだ。