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クッキーせんべいチョコレート

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side B[boy says]



 聞こえるのは、ただ柔らかな風の音と、せんべいを噛み砕く豪快な音だけだった。

 草原のようにだだっ広い土地の芝生はきれいに刈り揃えられていて、等間隔に整然と並ぶ三十センチ四方の石の群れ――墓石を見ても、そこが広大な墓苑であるとはなかなか納得できない。なんだろう、ここに来るのが何度目なのかわからないが、何度来ても新手のアスレチック公園のように見えてしまってしょうがない。
 前方に、畳にして半畳ほどのビニールシートを広げて座り、墓石を睨みつけながらせんべいを食ってる幼なじみが見えるものだから、余計にしょうがない。
 今日も僕は、待ち合わせ一時間前に先に来ては一人で泣くだけ泣いて、僕が来る前には普段通りに戻ってしまおうという幼なじみの作戦を邪魔しないために、ギリギリ彼女の姿が確認できるところで約束の時間が来るのを待っていたのだ。彼女は僕に、弱いところをまるで見せてくれない。
 たぶん、僕が所詮ただの幼なじみ、だから。
 ようやく落ち着いたであろう時を見計らって、僕は場違いなビニールシートに歩みを進める。そして、毎度のように、彼女が豪快にせんべいを噛み砕く音が聞こえてくるのだ。
「久しぶり、ナッツ」
 僕は二年ぶりに会う幼なじみである女性に声をかける。なるべく、親しみをこめて。
 一心不乱とでもいうような真剣な様子で墓石とにらめっこを続けながらも、せんべいを噛み砕くことを忘れない、横顔の凛々しい女性は、これまた毎度のごとく僕に鋭い視線を突き刺し、そのまま目線で空いてるところに座れと言ってくる。
 彼女の目が赤いことには、もちろん僕は気づかなかったことにしておく。
 僕は言われるがままに腰を下ろすと、まずは墓石の主に挨拶する。せんべいを、口に運びながら。
「おじいちゃん、また来たよ。もう、おじいちゃんが死んでから十年も経ったんだね。あの頃はまだ十歳で何もわからなかった僕だったけど、今ではもう二十歳になったよ。少しは、あの頃より成長できたかな」
「しゅうはまだまだガキよー」
 隣からとんがった言葉が飛んでくる。いつものように。
「どうせまた女の子に告白して付き合って二週間もしないうちに別れてきたんでしょ?」
「ナッツは十年前から相変わらずだよね……。まぁ、こないだ三日目で振られたんだけど」
 せんべいとの格闘を中断して僕にちゃちゃを入れていた容赦のない幼なじみは、一瞬のフリーズを経て大爆笑した。
 ただ気持ちよく風が流れる草原のような墓苑で、彼女の澄んだ声は何よりもよく響き渡る。おじいちゃんに、自分が楽しく笑えていることを伝えているのかもしれない。
「ははっ、しゅうったら、はっ、本当に、相変わらずだわっ。何でそんなに早く別れるの?」
 彼女は目元を手の甲で拭うようにして涙をふいて、なお、盛大に笑い続けている。理由を、彼女の前では言うわけにはいかない。
 あまりに笑われすぎてばつが悪くなってくる。ついつい、せんべいに手を伸ばすペースが上がってしまう。
 しばらくの間、そうして他愛のない会話と、せんべいを二人して噛み砕く音が、青い空の下で響くこととなった。
 せんべいをいれていた一斗缶がついに空っぽになって、僕たちはシートの上でそれぞれ仰向けになる。今日も、青い空が視界いっぱいに限りなく広がっている。気持ちのいい風が、もうすぐ夏が来るよと告げている。隣には、ナツがいる。
「ねぇ、しゅう。おじいちゃんがくれたお土産のチョコレートは、どうしてあんなにおいしかったのかしら」
 空に向かって言えば、おじいちゃんが答えてくれるとでも思っているのだろうか。僕は彼女の目が”何”を見ているのか確かめるのが怖くて、空を見上げたままで答える。風が僕と彼女の頬をやさしく撫でていく。
「僕がいつももらっていたクッキーも、今までの人生で一番の味だった。いまだに、あのクッキー以上のものは焼き上げられたことがないんだ」
 呟くように、確かめるように、僕は言った。
「魔法使い、だったのかもね、おじいちゃんは」
「……そうかもね」
 そうか。美しいお姫様の心を縛るのは、魔法使いの残した魔法なのかもしれない。僕にとってそれは、まるで魔物の残した呪いのように、見えてしまうのだけど。
 そのおかげで僕は、好きでもない女の子に告白し、付き合って、でも、嘘をつくことができずに、結局言ってしまうんだ。
「……ずっと好きな子がいるんだ……」
「ん? 今、なんか言った?」
「空が広いな大きいな、だよ」
「あ、そう」
 何か憮然とした様子を残しつつも、それ以上は聞いてこなかった。口の中で、ワインを転がすように、告白の言葉を転がす。口から零れるか否か、ギリギリの声量で、風の流れを読んで、歌うように。彼女の耳には、届かぬように。
「あ、そういえば……」
 呟きが風にさらわれる前に、彼女は跳ねるように身体を起こして座り直すと、目を好奇心に光らせて僕の目を見ながら問うてくる。
「ねぇ、だいぶ前の話だけどさ、あの言葉って、どういう意味だったの? ほら、小六の時にさ、やけに真剣な顔で言ってたやつよ!」
 忘れるわけがない。僕の最初の告白だ。
 そして――最初の失恋だ。
「たしかさ、おじいちゃんが死んじゃってからちょうど一周忌じゃなかった? 『僕がナッちゃんのおじいちゃんになるよ』だっけ? あたしさ、一周忌に散々けなすのも『女の子は優しさも大事だ』って言ってたおじいちゃんに怒られちゃうかなと思って、精一杯笑いどころを探したんだけどね、全然思いつかなかったのよ。だから仕方なく『ごめんなさい』って謝ることにしたんだけど。未だにどういうギャグだったのか見当もつかないのよね、アレは」
 何ですと?
「それに中三のときのも覚えてるかなぁ」
 忘れるわけがない。失恋を忘れるために女の子にどんどん告白しにいって、でも、ナッツ以外の女の子にはやっぱり好きだって言えなくて、もう一度だけ、と悲痛な覚悟で料理まで勉強して、ナッツの大好物を作って二度目の告白をしたんだ。
 そして――二度目の失恋だった。
「そのときにも真剣な顔でさ、もう、鬼気迫る勢いってやつであたしの前に来て、『これからは僕がナッツのためだけにココナッツ入りチョコレートを作るよ』ってさ。まぁ、ありきたりなギャグだったけどね、そのチョコレートってのとココナッツの歯ごたえってところが良かったんだけど、あたしナッツなんて呼ばれ方が気に食わなかったからさ、つい睨みつけながら『黙れ小僧』って言っちゃたのよ。そしたら凄いスピードでチョコ持って帰っちゃうんだもん。本当に腹っ立ったなぁ、あの時は。そもそもバレンタインでもないし、ましてや男のしゅうが何であの時、チョコなんて作って持ってきたのかずっとわからなくて」
 何ですと? というか、
「呼ばれ方嫌だったんなら早く言えよっ! もう五年前だろっ!」
 思わず身体を起こして彼女の方に向き直る。するとなんでもないように答えが返ってくる。
「だって、そんな機会なかったじゃない。それにココナッツは好きだったから、我慢してたのよ、チョコのために。ナッツって呼んでるうちに、また作ってこないかな、と思って。でも、あれから何もくれないんだもん。ケチになっちゃったなぁ、って」