x.eyes
イクス王国の紋章である、「X」に天使の羽が二本描かれている。この意味は「xerophytes」(英語で耐乾性植物という意味)のように飢饉や戦争などによって国や国民の心が乾かないようにという願いが込められているからだ。天使の羽はいつまでも「xerophytes」が枯れずに守られるように、という意味がある。この紋章はイクス王国の一世が考えたもので、かれこれ百年以上この紋章は変わっていないという。
「この眼帯がラーク、お前とのつながりになるのか?」
「ああ、そうだな」
「ところで……力とはどのようなものなのだ?」
ワイトは気になっていた疑問を口にする。ラークは契約の時にイクス王国の未来を変えられる力をやろうと言っていたから。
「まだ貴様に言うべき事ではない。そのときがきたら話そう」
「そうか……。わかった」
ワイトは少し不機嫌になったが、仕方がないと諦めてしまった。
「さて、そろそろこの夢も終わりか……」
「そうだな。……ラーク、これからよろしく頼む」
「ああ、わかった」
ラークはそう言うとゆっくりと闇から姿を消した。ワイトはまぶたを閉じ、意識を手放してしまった……。
「ワイト様、お目覚めの時間です!」
「ん…、もう朝か?」
ワイトが目を覚ますと、目の前には従者のロイがいて昨日となんら変わりのない病室の姿があった。
「おはようございます、ワイト様……って、ワイト様? 目が、目が見えますか!?」
「右目だけな。左目は見えぬから眼帯をしているだろう?」
ワイトの右目はしっかりと見えていた。左目には夢でラークに貰った眼帯をしている。彼女は驚くロイに優しく微笑みかけてこう言った。
「ロイ、お前は驚きすぎだろう? まあにわかに信じがたい状況だけどな」
「どうして、一晩でなぜワイト様の目がお戻りになられたのですか……?」
嬉しさ半分、驚き半分のなんとも複雑な表情でロイはワイトに聞いた。彼女は少し考えたがロイになら秘密にすることもない、と思い昨日の夢とラークの事を語った。
「……というわけだ。ラークは私と契約をして、私は力とこの右目と眼帯を貰った。イクス王国存続の為に、な」
ワイトは少し悲しげに目を細める。ロイは信じられないという顔をしていたが自分の長年の主人であるワイトが嘘をつくはずがないと思い、素直に信じた。
「ではその悪魔のラークという人物は……」
「あいつは私と契約を結んでいる。そう遠くには行っていないはずだ……」
ワイトは深く息を吸い込み、病室に響き渡る声でこう叫んだ。
「ラーク、あらわれよ!」
つかのまの沈黙が部屋を支配した後、黒い闇が部屋の片隅を支配し漆黒の翼が見えた。そしてその黒い闇が消え去ると、歪んだ笑みを浮かべるラークの姿が現れた。
「お呼びですか、お姫様?」
ひざまずき、からかうようにワイトを見るラーク。ワイトの顔はみるみるうちに赤くなってしまった。
「人をからかうな、この悪魔が!」
「ワイト様、この方が悪魔のラーク様ですか……?」
ロイは恐る恐る尋ねる。ワイトがこんなに動揺し赤面することなど数える程しか見た事が無かったからだ。
「ああそうだ。ラーク、従者のロイだ」
「貴様が従者か? 脆弱そうな顔つきだな」
ラークは口元を歪めて皮肉たっぷりに言った。
「おいラーク、いくらお前に関係の無い人間だからといってあまりでかい口をきくなよ?
ロイは私の数少ない大切な人間なのだ。……その気になれば契約を取り消し、この眼球を地に叩きつけてやる覚悟だ」
ワイトはラークを睨みつけながら言った。
「ワイト様……」
「さすがイクス王国の姫様だな」
ロイは感激したような声をあげる。ラークは馬鹿にするように吐き捨てて言った。
「ところでラーク、私の父上はいつ乱心を起こし国全体が内戦となるのだ?」
ワイトが全身に巻かれたほとんど意味の無い包帯をとりながらラークに聞いた。
「いつ、か……。辛いかもしれないが、もうじきなるぜ。今日内戦が起こる」
「今日……!?」
ロイはびっくりしたように口を大きく開けている。内戦がもうじき始まるというのだから、驚かない方がおかしい。
「おいラーク……、その戦争が起こったらそれは全て父上のせいなのだな?」
「そうなるな。国王が乱心したから内心が起こったのだから」
ラークは冷徹に淡々と語った。ワイトは泣きそうになるのを必死にこらえ、はっきりとした声でこう言った。
「ならば乱心を起こす前に私が父上を殺す」
三人だけしかいない狭い病室に沈黙という名の空気が支配する。誰一人口を開こうとする者はいなかった。ワイトはしばらくたった後、さらにこう言葉を続けた。
「たくさんのイクスの民が戦争という恐怖を味わい命を奪われるのならば、たとえ肉親でも殺さなければならない。……それが国のあり方だ。多くの民を救うには多少の犠牲は免れないであろう」
「やめておけ、お前が国王を殺したとしても未来は変わらない。大体お前には自分の父親を殺すなど不可能だ」
ラークがあっさりとワイトの言葉を否定する。すかさずワイトはこう言った。
「なぜ、なぜお前にそのようなことがわかるのだ……」
「そもそもこの戦争が起こる理由は国王が力を持たなくなったからだ。国王を殺しても同じ事。なんら状況は変わらないぜ」
「くそ……」
ワイトはため息をついた。どうしたら内戦が止められるのか、考えても答えは出なかった。
……そのとき、民衆の叫び声と数多の銃声が聞こえた。
「国王が乱心したぞ!」
「自分の家臣や兄弟を皆殺しにした!」
「もう国王の権力は無くなったぞ! イクス王国では無くなった!」
民衆達の歓喜の声。……と領土と富を奪い合う争いの音。たくさんの犠牲者が出て、たくさんの悲しみが生まれた。喜び騒ぐのは力や富、権力のあるものだけ。子供はほとんどが殺され、女は奴隷となった。同じイクスという民同士で起こる悲劇……。
「始まったぜ、内戦が」
ラークがワイトとロイを向いて言う。
「そんな……、こんなに早く!?」
ロイが恐怖で立ちすくんでいる。それを見たワイトはロイに大声でこう命令した。
「何をしておるロイ! さっさと私の服と武器をもってこい!」
「は、はい!」
ロイは大慌てで病室の片隅にあるかばんからワイトの服と武器と自分の武器を取り出す。ワイトの武器は短刀二本と弓、ロイの武器は剣一本だった。
「ワイト様、準備が整いました!」
「すまぬな。……ゆくぞ、イクスの名をこれ以上けがされてはならぬ。この内戦から必ず生き残り、このワイト・ダージン・イクスの名において新たなイクス王国を立て直す!」
ワイトはそう叫ぶと刀を構えた。
「ここからは戦場だ……、だが殺すな。大切なイクスの民を殺してはいけない。統率者が自分の国の民を殺すなど、言語道断だからな」
「わかりました、ワイト様。……貴方は僕が命をかけてでもお守りします」
「うむ、頼むぞ」
ワイトとロイは微笑あう。それを見たラークは軽く息を吐くとこう言った。
「……俺はやることがある。ワイト、俺が必要になればすぐに呼べ」
「ああ、わかった」
ラークは漆黒の翼を大きく広げると病室の窓から飛び出した。その姿はまるでカラスの群れのような、不気味な姿だった。
作品名:x.eyes 作家名:獄寺百花@ついったん