飛んで魔導士ルーファス
「アタシの唇を奪っておいて……ぐすん」
「奪ったのはそっちだろ!」
強気に出るルーファスだったが、その顔が急に自信なさ気に変わって行く。
無邪気ね笑みを浮かべるビビ。その眼の奥にある何かをルーファスは本能的に感じ取ったのだ。
悪魔の契約書がルーファスの顔面にグリグリされた。
「控え居ろう、この契約書が目に入らぬか!」
ジトジトした空気が部屋を駆け巡り、背中に蟲が這うような悪寒。
ビビの持つ契約書が風もないのに激しく揺れる。
怯えたルーファスは逃げ場を探して壁に背中をぶつけた。
「逃げてもムダだよぉ、地獄の果てまで追いかけるって言ったじゃん……あはは♪」
まさにビビが悪魔の笑みを浮かべた瞬間、ルーファスは契約書から這い出た黒い影を見た。
そして、そこで記憶がプッツリ。
「ウギャァァァーッ!!」
ここでは描写できない、あ〜んなことやそ〜んなことが行われたのでした。
《2》
「ウギャァァァーッ!!」
叫び声をあげながらルーファスは目を覚ました。
放心状態になりながら、自分の身になにが起こったのか思い出そうとするも、あまりの恐怖体験に記憶にカギがかかってしまっていた。
「(夢だったのかな……)って現実にいるし!」
「オイッス!」
仔悪魔ビビはテーブルに肘をつきながら、寛ぎモード全開で紅茶をすすっていた。新居に落ち着いちゃった感じ?
カップラーメンから仔悪魔が出てきたのも、不意に唇を奪われてしまったのも、ぜ〜んぶ現実だったのだ。
「なんで……まだいるの?(完全に居座ってるし)」
「新婚旅行はどこ行こうか?(景色の綺麗なところがいいなぁ)」
しかもビビが見ている本は式場のカタログだったりする。
「ちょっと待って、結婚とかしないから」
「えぇ〜っ、誓いのキスだってしたじゃ〜ん?」
「ちょっと、ちょっとちょっと」
「引き出物はなにしようか?」
話はルーファスを置いてどんどん進んでいた。
「ちょっと、ちょっとちょっと。婚約破棄したいんだけど?」
「……それ、マジで言ってるの?」
ギロっとした目つきで睨まれた。
でもここで臆したら負けだ。きっと地獄の結婚生活が待っている。
ルーファスはがんばった。
「まだ結婚したわけじゃないんだから、婚約は破棄だよ破棄!」
「悪魔の契約書は一度契約したが最後だもん。取り消しはできませ〜ん」
ルーファスの通う魔導学院にも契約マニアの黒魔導教師がいるが、契約を破ったらそりゃもう酷い目に遭わされる。
急にビビが目尻に手を当てて涙ぐんだ。
「アタシとの恋は遊びだったのねぇ〜!(なんちゃって)」
思いっきりウソ泣きだった。
鼻をすすりながら肩を揺らすビビを見て、ちょっと焦るルーファス。ウソ泣きだってことに気づいてなかった。
「だ、大丈夫?(これって僕のせい?)」
「どーせアタシは都合のいい女。どーせ使い捨ての女だったんでしょう!」
今度は逆ギレ。
ビビの態度の急変でたじろぐルーファス。
「え、あの、その、僕が悪かったです(ってなんで謝ってるんだ?)」
完全に相手のペースに乗せられていた。
そして、またビビの態度は急変した。
「でもまだやり直せるわアタシたち。これから一緒に頑張りましょう!」
ビビはずぶ濡れのままのルーファスを優しく抱きしめた。
貧乳がルーファスの腕にじゃっかん当たる。
このまま騙されそうになったルーファスだが、この状況をよーく考えるとやっぱり可笑しい。
「違うよ、結婚とかしないから離れてよ!」
ルーファスはへばりつくビビを引き剥がすように突き飛ばした。
バランスを崩したビビが四つん這いで床に倒れる。その瞬間、スカートが捲れあがってパンティーのバックプリントがチラリン♪
「あ……クマだ」
ボソッとルーファスは呟いた。
またルーファスの鼻からは鼻血が垂れていた。そのうち絶対貧血で倒れる。
四つん這いから起き上がろうとしているビビは、肩を震わせ小さな笑い声を発していた。
「ふふ〜ん、アタシを怒らせたらどーなるかわかってるでしょうねぇ?」
振り返ったビビはババーンと契約書を突き出した。
魑魅魍魎が踊りだすみたいな、そんな禍々しい妖気を放つ契約書。
もはやトラウマとなったルーファスの記憶が呼び起こされようとしていた。
長くて生温かいヌメヌメしたアレで、あ〜んなことや、こ〜んなことや、そ〜んなことまでされてしまう。
蒼い顔をしたルーファスは少しずつ後退しながら、後ろに手を回してなにかを探しているようだった。
その間もビビは契約書を持って迫りくる。
「あはは、逃がさないんだから」
感情のない笑いがとても怖い。
「……逃げません(やっと開いた!)」
ルーファスはキッチンの勝手口を開けて逃亡を計った。
「やっぱり逃げます!」
一気にルーファスは逃走した。
残されたビビは『しまった』という顔で呆然とした。
「……あーっ、逃げられたぁ!」
急いでビビはルーファスを追った。
裏庭の塀を乗り越えようとしているルーファスの姿が目に入る。2メートルくらいある塀だが、必死なルーファスは登りきろうとしていた。
そんなルーファスが必死で登った塀を、ビビは簡単にぴょーんと飛び越えた。
「ダーリン待って!」
「待つもんか!」
一度ルーファスは振り返って、再び全力で走ったそのとき!
あっちの方から走ってきた白馬にルーファスが撥ねられた!!
サイボーグ馬の馬力はそりゃもうスゴイ。撥ねられたルーファスは宙を3回転して地面に激突。
それを見たビビはボソッと。
「……死んだ?」
ルーファスの指先がピクピク動く。
「……生きてるから」
虫の息状態のルーファスの声が返ってきた。
白馬から降りた貴族風の青年がルーファスに駆け寄った。
「大丈夫かルーファス!」
ルーファスの名前を知っている謎の青年。その正体はルーファスの同級生のクラウスだった。しかも、学生は仮の姿でアステア王国の国王だったりする。
鼻血をダラダラ流しながらルーファスは立ち上がった。
「私を撥ねたのクラウスだったのか……(死ぬかと思った)」
奇跡的にルーファスは鼻血を流しただけで済んだのだった。
「すまない、急におまえが飛び出してくるから」
謝りながらクラウスはルーファスの腕にしがみつくナマモノを見て、不思議そうな顔をして言葉を続ける。
「ところで、そのレディは誰だい?(こんな可愛い子とまだ出会っていなかったなんて)」
ルーファスが答える前に、ビビが素早く口を開いた。
「ルーちゃんの婚約者のビビちゃんで〜す♪」
「こ、婚約者だって!」
ズカーンと衝撃を受けるクラウス。
恋人がいるってだけでも驚きなのに、まさかルーファスに婚約者がいたなんて、世界は明日にも破滅する。ルーファスはあくまで認めていないが。
クラウスはビビの手をぎゅっと握った。
「こんなカワイイ子がいたなんて、なんで今まで僕に黙ってたんだ。水臭いじゃないか、僕がビビちゃんを奪うとでも思ったのか!」
もうすでにクラウスはビビの手を握って離さない。奪いそうな雰囲気だ。
でも、ビビはクラウスの手を振り解いて、ルーファスの腕にぎゅっと掴まった。
作品名:飛んで魔導士ルーファス 作家名:秋月あきら(秋月瑛)