飛んで魔導士ルーファス
「クラウス魔導学院じゃん!(って、ここに何の用なの?)」
なぜこんな近場に飛龍で来なきゃならなかったかは、エルザが令嬢だから。ビッグな人は移動手段もビッグなのです。
意味もわからずルーファスが立ち尽くしていると、ものの見事に置いて行かれた。
「早くしろ」
ムスッとカーシャは呟いた。
カーシャとローゼンクロイツは、すでにルーファスからと〜く離れた場所を歩いている。ルーファスは猛ダッシュで2人を追いかけた。
「ちょっと待て、肝心の私を置いてくつもりなの、ってかどこに向かってるの?」
カーシャがルーファスの方を振り返って不思議な顔をする。
「んっ、言ってなかったか?」
言ってません。
自己中心的な人はこれだから困ります。世界はカーシャで回っています。そーゆーことにしときます。
足を肩幅に広げて前方に見えてきた池を指差すカーシャ。
「学院裏にある池が月に通じる亜空間ベクトルになっているのだ!」
よくわからない説明だった。
意味がわからん、と思いつつルーファスは、カーシャに連れられるままに学院裏の池に着いてしまった。
この池は生徒の間でも有名な池で、物を落とすと女神様が出てくるとか、物を投げ込むと投げ返されるとか、珍獣アッガイたんが生息してるとか、ここで亀を助けると竜宮城に拉致されるとか、いろんなウワサのある池だ。
で、これからどうするの?
仕方なくルーファスが『はぁ〜い』と手を挙げた。
「カーシャ先生質問で〜す」
「なんだルーファス?」
「だからここに何しに来たの?(まさか僕が投げ込まれるのか……コンクリ詰めにされて)」
「妾のあの説明を聞いても理解できいのか?(相変わらず察しの悪い奴だ。だから女にもフラれるのだ)」
「あのぉ猿でもわかる説明してください」
「モリーの住まいは〈白い月〉にあるのだ。つまりこの池に映る月を通って月にワープするわけだ。わかったな?」
意味は理解した。ただ、月って……どないやねん!
静かに佇む水面を見つめながらローゼンクロイツがもっともな質問をカーシャにした。
「月が出てないけど?(ふにふに)」
まだまだ日の高い日中。夜になるには随分あると思う。ま、まさかのカーシャ計算ミス。
と思いきや、待ってましたとばかりにカーシャが低い笑いを発した。
「ふふふふっ、そんなこともあろうと準備万端だ!」
ちまたで有名な胸の谷間からカーシャはアイテムを取り出した。
「夜騙しの香【地域限定バージョン】だ!」
夜騙しの香【地域限定バージョン】――読んで字の如く。地域限定である範囲内を、昼を夜だと騙してしまう自然の法則を無視した魔導具だ。22世紀のネコ型ロボットよりもなんでもアリなカーシャ。
ブラックな色をした球体をカーシャは上空高く放り投げた。すると、宙に浮かんだ球体から黒い霧がモクモクと出ててきて、あっという間に辺りは夜になってしまった。ヴァンパイアには喜ばれそうな発明だ。
次にカーシャは胸の谷間に手を突っ込むと、見るからに怪しげな緑色の液体が入った試験管を2つ取り出してルーファスとローゼンクロイツに手渡した。
「月には空気がないから、これを飲め(モルモットども!)」
ローゼンクロイツは手渡された液体を躊躇せずに一気飲み。けど、ルーファスは躊躇いに躊躇う。だって、緑色の液体から泡がブクブク出てるし、耳を澄ませば叫び声まで聴こえるし!!
カーシャは試験管の中身とにらめっこして固まっているルーファスの腕を強引に掴んで謎の液体を無理やり飲ませた。
「早く飲め!」
「うう……ぐぐ……はぁはぁ、一気飲みしてしまった」
「ルーファス偉いぞ、よくあんな得たいの知れない飲み干したな。ということで、これを餞別にやろう」
胸の谷間に手を突っ込んで出したシルクハットをルーファスに被せた。
「カーシャ……なんでシルクハット?」
「貸すだけだからな。ちゃんと返しに来い」
「返しに来い?」
「そうだ、返しに来い」
「来いってことは来ないってこと? てゆか、なんでシルクハットなの? というより、使用料とか取らないよね?」
「質問は1つにしろ」
「え〜っと、じゃあ……カーシャは一緒に来てくれないの?」
「当たり前だ」
そーですね、当たり前ですね。あなたがそう言うなら、当たり前なんでしょーね。
「妾は用事がある。今日は3丁目のスーパーでタイムセールがあるのだ(そんなものないがな、ふふっ)」
意外に庶民的なカーシャさん――と、思ったらウソだった。
そんなウソなどルーファスはお見通しだ。もう何も言うまいとルーファスは心に誓った。カーシャはこーゆー人だ。
ルーファスがため息をついて肩を落としていると、池の水面からブクブクと泡が立った。
ローゼンクロイツは呟く。
「来るよ……ここのヌシ(ふにふに)」
「はぁ?」
ルーファスはすっ呆けた表情をしていると、それは池の底から姿を現した。
ヘビのような長い首を伸ばして現れたのは首長竜だった。
こんなモンスターが棲んでるなんて聞いてませんでしたよ!
ローゼンクロイツは淡々と。
「この池のヌシのヌッシーだね(ふにふに)」
なんですかその珍獣は!?
あれですか、ネス湖いるネッシーとか、池田湖のイッシーとか、芦ノ湖のアッシーとかの親戚ですか?
ヌッシーは巨大な口を開けて襲い掛かってきた。
カーシャが叫ぶ。
「危ない2人とも!」
なんと、まさか、びっくり、カーシャが身を挺して守った!?
カーシャはルーファスとローゼンクロイツを池に蹴り落とした。
「うわぁ!?」
ジャポ〜ン!
水面に映った月が揺らめいてルーファスたちを呑み込んだ。
残されたカーシャとヌッシーが対峙する。
「人前に姿を見せるなといつも言っておるだろう」
「キューキュー♪」
ヌッシーは甘えるようにカーシャに頭をこすり付けている。
あれ?
なんか様子が可笑しいようですが?
「お前を飼ってることが知れたら、責任を問われるのは妾なのだぞ」
……カーシャのペットらしいよ!!
《3》
惑星ガイアには2つの月がある。1つは巨大人工衛星である〈赤い月〉、もう1つは自然衛星である〈白い月〉である。一般的には〈白い月〉は単純に月と言うことが多い。
月というのは常にガイアに片面しか顔を見せていない。だから、ガイアからは月の裏側を見ることができない。
そんな月の裏側の地下にあるモリー公爵の屋敷。
昼も夜もない月の世界だが、時間の概念はあるわけで、モリーとビビは昼食をとっていた。ちなみにすぐ横ではマルコが正しい姿勢で立っている。マルコは主人と食卓を共にしないで、あとで淑やかに食事をとるのがいつもの日課だったりする。
「ビビ様、お食事の手が止まっているようですが、今日も食欲がないのですか?(ここに帰ってきてからずっとこうだ)」
「食べたくな〜い、食欲な〜い、マルコの顔も見たくな〜い、ママと食事するのもイ〜ヤ(もぉこんな生活イヤ!)」
フォークとスプーンを持って子供のように駄々をこねるビビに対して、キラリと光るナイフを持ったモリーがあくまで静かに静かに言う。
「あの人間のことが忘れられないのかえ?」
作品名:飛んで魔導士ルーファス 作家名:秋月あきら(秋月瑛)