飛んで魔導士ルーファス
「おまえとは失礼な、俺の名はマルコ。こちらに居られるのは我が主君グレモリー公爵様だ」
「はぁ?」
きょとんとするルーファス。
マルコと名乗った武人の顔は、男にしておくには持ったいないくらいの綺麗な顔立ちで、肩まで伸びた美しい黒髪が静かな風に揺られていた。
そして、この美しい武人よりも美しいのが、ひと目で良家の娘だとわかるラクダに乗ったモリー公爵だった。
モリー公爵の高貴な顔立ちからは少し哀しげな雰囲気が感じられ、どこか哀愁の漂う表情をしている。そんなモリーは清閑な眼差しでルーファスを見据えた。
「そち、名を何と申すのじゃ?」
「よくぞ聞いてくれた、わたしの名はルーファス。世界を統べる予定の者だ!」
先程気を失った際にルーファスはルーちゃんになっていたのだ。
ルーちゃんの言葉を聞いたモリーの静かな瞳に微かな火が宿る。
「ほう、人間風情が世界を統べると申すか?」
「は〜ははははっ、その通りだ。わたしが世界の覇者になった暁にはあんたを愛人にしてやってもいいぞ、あ〜ははははっ!」
高笑いをするルーちゃんの襟首にマルコが掴みかかった。
「無礼であるぞ、すぐにモリー様に謝るのだ(さもなくば斬る!)」
「わたしに指図するつもりか? このルーファス様に指図するとはいい度胸だな!」
ルーファスはルーちゃんになると態度がデカくなる。普段のルーファスであれば、猛ダッシュで逃げるか、土下座して謝っていたに違いない。マルコの気迫はそれほどのものだった。
相手を睨み殺そうとするマルコにモリーが静かな声で命じた。
「子供の冗談に腹を立てるでない、許してやるがよい」
震える拳を抑えながらマルコはルーちゃんを地面に下ろした。
「すまないことをした、心から詫びよう(くっ、なんでこんな奴に頭を下げねばならんのだ)」
頭を下げるマルコに対するルーちゃんの顔はかなり優越感。自分の力で相手を負かしたわけでもないのにね!
襟元を正したルーちゃんは華麗に入り去ろうとした。
「じゃ、わたしは世界を征服に行くから、さらば凡人ども!」
「待つのじゃルーファスとやら」
とても静かなモリーの声。その声に反応してルーちゃんは身動きを止めた。いや、止められた。モリーの静かな声には底知れぬ力が込められていたのだ。
背中に冷たいものを感じながらルーちゃんが首だけを動かして後ろを振り向くと、モリーは静かな声で尋ねてきた。
「ビビという悪魔の娘を探しておる。どこにおるか知らぬかえ?」
「あ〜、ビビならさっきこの道をホウキに乗って爆走して行ったぞ、向こうに」
と、遠くを指差しながらルーちゃんは疑問を感じた。
「(こいつらビビの知り合いか?)」
「モリー様のご用はお済みになられた、早々に立ち去るがよい小僧」
「あ、ああ」
マルコの雰囲気は質問一切受け付けないといった雰囲気だった。だからルーちゃんは仕方なく華麗にこの場から立ち去った。かなりのスピードで。人はこれをとんずらと呼ぶ。
小さくなって行くルーちゃんの背中を見ながらマルコが呟く。
「あの小僧、ビビ様のお知り合いだったのでしょうか?」
「おそらくそうであろう、微かにビビの匂いがしておった。それにあの子供、内に2つの心を持っておる。それに……」
「それに?」
主君の顔をいぶしげな表情で見るマルコに対してモリーは微かに微笑んだ。
「今の言葉は忘れるがよい」
「……畏まりました」
ラクダが静かに歩き出す――ビビを目指して。
《2》
ルーちゃんは学院に行かずに、市街地を無意味に爆走していた。
どこかでビビが待ち伏せをしている可能性は高い。そこでルーちゃんは世界征服の作戦を考えるついでに市街地を爆走しているのだが、何もいい考えが浮かばない。
てゆーか、市街地を爆走する意味がどこにあるのか?
そのことにやっと気づいたルーちゃんは足を止めた。
「……疲れるだけだ」
さてとこれからどうしようかなって感じでルーちゃんが物思いに耽っていると、前方から見慣れた空色ドレスがやってきた。
ルーちゃんの前に立った空色ドレスが突然ワラ人形を取り出す。
「ガッコーサボッテンジャネェゾ!」
言うまでもなく、ワラ人形を持ち歩いている空色ドレスはこの近辺では1人しかいない――ローゼンクロイツだ。
「わたしは学校をサボってるんじゃなくて、大いなる野望を企てている最中なのだ、わかったか凡人。てゆーか、おまえこそ学校をサボっているではないか」
「……道に迷った(ふあふあ)」
「学校行くのにどうして迷う。400字以内に説明してみよ!」
「……ウソ(ふっ)」
「わたしをからかっているのか愚民のクセして」
「だってボク……キミ嫌い(ふっ)」
ルーちゃん的大ショック!
まさかローゼンクロイツに『嫌い』って言われるなんて、夢にも思ってなかったルーちゃんは、精神的に大ダメージを受けて気分ブルー。
「ま、まさか、ローゼンクロイツに嫌いと言われるとは……。まあ、わたしもオスには興味ないがな!」
「ボクもないよ(ふっ)」
「どうしてだ、おまえはわたしのこと好きだったんじゃないのか!?」
「そんな記憶ないよ(ふあふあ)」
どうやら?あの時?ローゼンクロイツは悪酔いしていたようだ。彼の記憶には危険な情事など一切デリート済みだった。
なんかショックを受けたルーちゃん。
たとえ相手が恋愛対象でなくても、フラれるとショックだ!!
こういう場合は愛の逃避行しかない。涙を流すルーちゃんは、乙女チックにすすり泣きながら、華麗に走り去る。追ってもムダよ!
ルーちゃんは傷心に駆られながら市街地を疾走、爆走、激走!
勇気を奮って、古い恋を廃棄処分して新しい恋に向かってレッツ・ゴー!
しばらくルーちゃんが疾走していると、見覚えのあるブロンド美女が――。
数人の男たちに腕を掴まれからまれているブロンド美女。ルーちゃんが?女の子?を見間違えるはずもなく、それはエルザだった。
「やめろ、放せ!(くっ、油断しなければこんなやつら)」
エルザは掴まれた腕を振り払おうとするが、どういうわけかまったく力が入らず、男たちに羽交い絞めにされて身動きが取れなくなっていた。
「こないだの借りはたっぷり返してやるぜ、げへへ」
普段のエルザだったら、そんじゃそこらのオトコになんか負けない。きっとなにか抵抗できないわけがあるに違いない。
男の数は全部5人。それを見てルーちゃんの目がキラリーン♪
「マギ・クイック!」
ルーファスは風系魔法で自らの運動スピードを上げた。
疾風のように走ったルーファスが飛んだ。
「喰らえ、愚民ども――大魔王キーック!」
ルーちゃんの飛び蹴りが男の顔面にめり込んだ。声をあげる間もなく男が気絶した。
突然のルーちゃんの登場に男たちは焦った。
「誰だてめぇ!」
「胸に刻んで置け、大魔王ルーファス様だ!」
ルーちゃんはグルグル眼鏡を外し、カッコよく素顔を晒した。
エルザもルーちゃんの登場に驚きを隠せなかった。
「ルーちゃん、どうしてここに?」
「わたしが来たからには安心しろエルザ! こんなやつらケチョンケチョンのギッタギッタにして、生ゴミに出してやる!」
作品名:飛んで魔導士ルーファス 作家名:秋月あきら(秋月瑛)