飛んで魔導士ルーファス
走り去るルーファスの背中を見ながら、エルザは涙を腕で拭き取った。
《3》
その場の雰囲気から逃げるために失踪したルーファスだったが――今になってショック!
真っ暗な学院の中で独りになってしまったのは大誤算だった。
廊下に響く自分の足音が怖いので摺り足で歩いていたルーファスの足が止まる。
「……っ!?」
クラウス魔導学院七不思議第2弾『ひとりでに鳴るピアノ』。夜な夜な音楽室の壁に立てかけられた肖像画の霊が抜け出し、グランドピアノで『ねこふんじまった』という楽曲を奏でるのだと云う。
微かに開かれた音楽室の扉からピアノの音が漏れてくる。それを聞いたルーファスの表情は強張り、この場から逃げようとした。だが、怖いもの見たさというかなんというか、ルーファスの足は音楽室の扉に引き寄せられていく。そして、小さく開かれた隙間から音楽室の中を覗き込んだ。
ジャジャジャジャ〜ン♪
突然ピアノが大きな音を出して曲が変わった。
大きな音に驚いてルーファスが腰を抜かしていると、ピアノの音がパタリと止み、音楽室の扉がギィィっとホラーチックな重々しい音を立てて開かれた。
「……カッコ悪いよ(ふあふあ)」
そこに立っていたのはローゼンクロイツだった。
「脅かさないでよ」
「別に脅かすつもりないよ(ふにふに)。ちょっとピアノが引きたくなっただけ……ひっく!(ふに〜)」
こいつも酔っていた。
「君も酔ってるのかよ!」
「酔ってないよ……ひっく!(ふに〜)」
ほろ酔い加減なのは間違いない。こころなしか、空色ドレスまで桜色に染まっている見える。
ローゼンクロイツの小柄な手が差し伸べられ、ルーファスはそれを掴んで立ち上がった。握ったローゼンクロイツの手は温かい、やっぱりほろ酔いのようだ。
ルーファスがローゼンクロイツから手を離そうとすると、ローゼンクロイツはルーファスの手をぎゅっと掴んで離さず、ルーファスはそのまま音楽室の中へ引っ張り込まれてしまった。
「えっ、なに!?(拉致監禁!)」
「……ピアノ聞かせてあげるよ(ふに〜)」
「はぁ?」
意味もわからないままルーファスはグランドピアノの前に立たされ、ローゼンクロイツは椅子にちょこんと座り鍵盤に手を置いた。
静かな夜の演奏会。
ローゼンクロイツの繊細な指先から美しく可憐な曲が奏でられる。まさか、ローゼンクロイツがこんな特技を持ってるなんてルーファスは思いもしなかった。ちょっと意外。
というか、ローゼンクロイツは出席日数こそ悪いものの、勉強できるし、意外なことにスポーツまで万能で、音楽までできやがった!
優しくも力強い曲調――それはまるで薔薇のイメージを彷彿とさせた。
穏やかな表情をしてピアノを奏でるローゼンクロイツにルーファスが語りかけた。
「なんて曲?」
「ま、まさか、この曲を知らないなんて……低脳(ふっ)」
わざとらしく驚いて見せたローゼンクロイツは『低脳』の部分だけボソッと呟いた。完全な悪意が感じられる。てゆーか、からかわれてる。
「低脳悪かったですねぇー!」
「ルーファス学校の勉強だけが全てじゃないよ(ふにふに)。強く生きてね(ふっ)」
「わかったから……それで曲名は?」
「……お願いしますご主人様は?(ふにふに)」
「それなんか間違ってるし!(メイド系のお願いの仕方だし!)」
「……それは残念(ふぅ)」
ボソッと呟いたローゼンクロイツは急にピアノを弾く手を止めた。
「どうしてやめるの?」
「だって、ルーファスがイジワルするからだろう(ふぅ)」
「イジワルしたのは君だろう?(完全に遊ばれてるし)」
「ま、まさか!?(ふにゅ!?)」
わざとらしく驚いてみせるローゼンクロイツ。絶対『まさか!?』なんて思ってない。からかってるだけ。
「僕のことからかってそんなに楽しい?」
「楽しいねよ、もう病みつきだね(ふあふあ)」
ニコッと笑ったローゼンクロイツが再び曲を奏ではじめた。先ほどと同じ曲だ。
ため息をついて一息入れたルーファスが再び聞く。
「この曲なんていうの?」
「歌劇薔薇騎士団の?戦場に咲く薔薇の君?だよ(ふにふに)」
「ふ〜ん、いい曲だね」
「前にもそう言ったよ(ふあふあ)」
「えっ!?」
目を丸くしたルーファスにローゼンクロイツはもう一度同じことを言った。
「前にもそう言ったよ(ふあふあ)」
「僕が?」
「他に誰がいるんだい……ルーファスはバカだなぁ(ふにふに)」
「そーゆー意味で聞いたんじゃないし。でも、本当に僕が言ったの?(まったく記憶にございませんが)」
「覚えてないんだ……ちょっと寂しいかも(ふぅ)」
「はぁ?」
ルーファスは全く意味がわからなかった。第一、ローゼンクロイツにそんなこと言った記憶がないし、なんで寂しがられるのか皆目検討つかなかった。
「ルーファスがこの曲いいって言ったから、一生懸命練習したのになぁ(ふぅ)」
「そうだっけ?」
まったく記憶にございません!
ローゼンクロイツは懐かしそうに語りはじめた。
「もともとこの曲はキミの母上がボクたちに聴かせてくれた曲だよ(ふわふわ)。キミはこの曲を聴いて、瞳を輝かせこう言ったんだ『カッコイイ!』ってね(ふにふに)」
ため息を漏らしてローゼンクロイツは楽曲を『ねこふんじまった』に変えた。
「キミがいいと言ったから、今でもこうやってたまにここで練習していたのに(ふぅ)」
「たまにここに来て?(まさか……)」
「……学校七不思議(ふっ)」
「君の仕業立ったのか!?」
「そうかもね『ねこふんじまった』も弾いてたから(ふにふに)」
また、急にローゼンクロイツはピアノを弾く手を止めた。そして、悲しそうな瞳でルーファスを見つめた。見つめられたルーファスはかなり焦る。
「ど、どうしたの!?」
「ボクはキミが羨ましいよ(ふあふあ)」
「どうして?」
「ボクは自分の境遇に不満があるわけでもないし、むしろ幸せに育ったと思うよ(ふにふに)。でも、キミが羨ましいんだ(ふにふに)」
「それは君が孤児だからかい?」
「いいや、言っているだろう境遇には不満なんてないってさ(ふわふわ)。ボクはキミの母上に育てられたも同じさ、だからキミのこともずっと小さなころから見てきたよ(ふにふに)。キミはボクに取っての憧れなんだよ、決して手の届かない憧れさ……だからボクはキミに捧げる曲を弾くんだ(ふにふに)」
「…………(困った、話が理解できないぞ)」
ローゼンクロイツが急にハッとした。
「そうか、これが愛なんだね(ふにふに)」
「はい?」
「ボクはキミに恋してるんだよ(ふにふに)」
「いや、ローゼンクロイツ君、男の子の君が突然なにをおっしゃってるんだい?」
見た目は可愛いオンナの子でも、ローゼンクロイツは正真正銘のオトコの子。今までだって格好はオンナの子だったが、そーゆーそぶりを見せたことはなかった。つまりただの女装趣味の範疇でとどまっていたのだ。
それがついに真症に開花しちゃったんですか?
エメラルドグリーンの瞳にルーファスが映し出される。
「ルーファスはボクのことキライなのかい?(ふにふに)」
作品名:飛んで魔導士ルーファス 作家名:秋月あきら(秋月瑛)