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秘密は秘密のままに

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 呉羽があまりにまっすぐ自分を見るので、上川は視線を逸らせなかった。夜の暗い中で良かった。逸らすに逸らせないでいる自分は、どんな顔をしているかわからない。
 呉羽は、「だから逃げた」と続けた。何かに没頭することで頭を冷やそうと思い、急遽、大学院を受験することに決め、それを言い訳に研究室に逃げ込んだとも。
「卒論も設計も良い点をもらえたのは、上川のおかげだ」
 冗談めかして、彼は笑った。
「だけど気持ちを中途半端にしたままじゃ、何も解決しないってことがよくわかったよ。誰と付き合っても長続きしやしない。思い出の中でおまえはどんどん美化されるし。再会してみたら、ちゃんと年食ってたから、自分の純情さ加減にあきれたけどな」
 二本目の煙草は、ほとんど吸われることなく灰になった。呉羽は吸殻を携帯灰皿に突っ込み三本目を手にしたが、火は点けない。しばらく手の中の煙草を見つめて――
「おまえのことが好きだった」
 呉羽は目線を上川に戻した。
「二十年前に言えなかったことを、やっと言えた。こんな中坊(中学生)みたいな告白、今更言われても、おまえは困るだろうけどな」
 そう言うと彼は三本目に火を点けた。
「呉羽、俺は…」
 カラカラに乾いた喉から、やっとのことで上川は言葉を搾り出した。しかしそれは呉羽が止める。
 また二人は沈黙した。呉羽は煙草をふかし、上川はその煙を追った。時折吹き抜けるビル風に、煙はすぐに行方を失って消える。それでも目をやらずにはいられなかった。
 気持ちを落ち着かせるには、その沈黙は必要だったし、有効だった。
「二十年前へのタイムスリップは終わりだ」
 三本目を吸い終えて、呉羽は言った。声の調子が、普段のそれに戻っていた。ケリがついたのかどうなのかは、彼しかわからないことだ。ただ少なくとも、糸口にしようとしている。
「辞めるのは、いつなんだ?」
 だからなるべく、上川もいつもの自分に戻る。胸の内は多少なりとも動揺しているが、悟られたくなかった。
「中間決算までにはなんとか。こっちの現場は手を離れるだろうし、今度の長崎もそれまでには形になっているはずだから」
「そうか。きっとうちは、おまえのところに設計を頼むこともあるだろうな」
「優秀だからな」
「本当におまえは変わってないよ」
 上川は苦笑した。
作品名:秘密は秘密のままに 作家名:紙森けい