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死神に鎮魂歌を

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第二章 決意の自身に容認を



 数日後、志織に与えられたのは7451番というコードナンバーと今までの自分と体型・容姿その他諸々全部が全く同じ構成をした精神体だった。たった一つ、髪が白に近い灰色になっているのを除いたら。
 なし崩しにレノイの部屋に間借りしていた形になっていた志織が椿に、とても精巧に作られた人形のような自分用の精神体をストレッチャーで部屋に運ばれた時にその髪の色の違いを訊いてみると、まるで訊かれる事を想定でもしていたかのように何の変化も見せずに椿は淡々と説明を開始した。
「この精神体の色は本来の貴女の魂の色なのです。肉体、特に人間は両親からの遺伝や生まれる場所、疾患などに支配されて身体が本来の魂の色になる事は滅多にありません。また人間は自分の記憶に縛られて死後も本来の色に戻る事はありませんが、精神体は魂の色そのままの姿で生まれてきます。貴女も他の例に漏れず肉体の色が魂の色と違っていて、それが精神体では同じ色になったというだけです。さぁ、触れて下さい」
「触れ……?」
「これはいわば貴女専用の身体です。魂だけの状態である貴女が触れれば貴女はすぐにこの精神体に入っていけます。どこでもいいので、さぁ」
 椿が目の前の志織と同じ身体をしたモノを示して促すのに押されて志織は恐々と手を伸ばしてみた。布を被せられていなくて唯一むき出しになっている顔に、まだ半透明状態のままでいる自分の手を。
 瞬間、強い力で引っ張られている感覚を感じて視界が暗転する。
 そうかと思った次の時には正面に見ていたはずの椿を見上げていた。志織の本来の魂の色、初めて開いたスカイブルーの瞳で。そして不快ではないが身体が僅かに重くなったのと横になっている感覚。
「どこか違和感などはありますか?」
「いえ、別に……」
 出した声も覚えている限り、全く志織自身の声と同じだった。
 首を動かしてみる。同時に移ろう視界には最近見慣れたレノイの部屋と椿。手を伸ばしてみる。かけられていた白い布が腕の部分だけ盛り上がる。掌に力を入れる。その両手を支えにして上半身を起こす。
 日常なんでもないように行われる動作が、それを自分の身体でする事も難儀だった志織には嬉しくて何度もきちんと動くのを確認するように手を開閉してみたり腕を伸ばしたり首や肩を回してみた。志織が知らずの内に浮かべていた笑顔にも不自然なトコロなど一点もなかった。
「それと志織さん」
「はい?」
「分かってはいるかと思いますが、貴女は死神の精神体を手に入れた事によって死神としての仕事が義務として生じてきます。レノイがこれから数時間後に帰ってきますので、彼と一緒に仕事をしてきて下さい。貴女がするべき最初の仕事です」
 そうして椿は言った後すぐに小脇に抱えていた黒い包みを、ストレッチャーにまだ座った状態でいる志織に差し出した。
「女性死神用の服です。レノイが帰ってこないうちに着替えた方がいいですよ。着方が多少難しい服なので、分からなければ訊いて下さい」
 言われて包みを受け取った志織の身に纏っているものは白い肌着と下着だけで、季節がなく暑さも寒さもないこの死神の世界でもどこか肌寒く感じられて、またどうしても薄着だと生じる羞恥心も手伝って志織は手早く包みを開けた。
 そうして黒い布を目の前で広げた瞬間、どうしていいか分からなくて志織は呆けた。
 椿が用意した服は、病魔の所為で地球での情報にとことん疎かった志織には名前は分からなかったが、ゴシックロリータと呼ばれる黒いレースやリボンが華美ではない程度にだがあしらわれたドレスのような服だった。
「何、ですか……この、服……」
 ようやく目の前の服の映像が脳内に届いて、その映像を理解した時には思わず志織はそう椿に訊ねていた。
「それは日本支部の女性死神の間で最近流行り始めた服です。なにぶん志織さんが死神になるのが想定外の事だったので、精神体の用意だけにいっぱいになってしまってあった死神用の服がそれしかなかったのです。不満なら男女兼用の服も用意しますがそうすると少々時間がかかりますので、今日はそれで我慢をして下さい」
「いえ、分かりました……。大丈夫です」
 どうしてこの服を選んだのかという以前のこの服は何なのかという志織の疑問は椿には受け取ってもらえず、再度同じ事を詳しく訊ねる気力も必要も感じられなくなってしまった志織は着替えようとストレッチャーからようやく降りた。
 フローリングの床は素足の志織が降りると少し冷たい感触で志織を迎えたが、それすらまるで生きているような証で嬉しさがこみ上げてきて、そう感じている間に床の冷たさと志織の体温が混ざってすぐに何も感じなくなる。
 広げたゴスロリの服をもう一度広げて眺めると、それは飾り付けを除いて単純に見てみるとワンピース型で上下が一揃いになっていた。スカートの部分から頭を通そうと志織が服を上から被ると途中でつっかえ、途端に椿の声が入る。
「あぁ駄目です、志織さん。そこはファスナーを開けないと」
 椿がちょうどわき腹の部分に当たるトコロにあるファスナーをあけると、すぐに胴回りが緩くなって志織の頭がようやく通った。そこからも椿に袖の場所を教えてもらったしりて四苦八苦しながらようやく志織は着替え終わる。
「初めは大変でしょうがすぐに慣れますよ」
 そう椿が言ったゴスロリ服は、名前や自分が生きていた世界に実際にあった事も知らない志織でも気に入ったようで何度もスカートの裾を摘んだり回ってみたりした。
 それから同じように渡されていた黒いレース入りのハイソックスと同じくらい黒く高さはさほど高くないプラットフォームシューズに足を通す。
「気に入りましたか?」
「こんな服、病院にいたりしたら絶対に着られなかったから。それに可愛いですし……」
「では次にコレをお渡ししますね。どうぞ」
 ゴスロリ服が入っていた包みと同じく小脇に抱えていた薄く黒いファイルをまた志織に手渡す。ファイルの色は完全な黒で半透明で中が見える事もなく、妙に軽かった。
「コレは?」
「中を見ていただければ分かります」
 椿の言葉に、志織は気に入ったスカートを乱さないようにまたストレッチャーの上に座り直しファイルを捲った。そこには一枚の紙が銀色のクリップに留められてあった。紙には見た事もない老婆の顔写真と、おそらくはその老婆の個人情報が事細かに記されていた。その中で志織の目を引いたのが、その老婆のであろう名前の下に書いてある一文。
 死亡日時、三月三十一日午後九時四十七分十九秒。
 志織の記憶とレノイの世話になる事が決まってから教えてもらった死神の世界と人間の世界の時間の流れ方が同じだという情報が正しければ今日は三月三十一日。
 この紙の意味するところを理解して、志織は思わず顔を紙から椿へと上げていた。
「コレって」
「先ほど言いましたが。貴女には死神としての仕事が義務として生じてきます、と。この方が今回、貴女が魂と肉体の繋がりを切り離し、魂を運ぶ最初の方です」
作品名:死神に鎮魂歌を 作家名:端月沙耶